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論文紹介~月間の労働時間外80時間を超えても体は大丈夫?~

今回は論文紹介の記事です。

2024年度から時間外労働は960時間/年と法律で決められた時間を厳守する流れが、今まで見て見ぬふりをしてきた医師にも適応されるようになりました。皆様、その準備はできているでしょうか。
いや、そもそも当直・休日も当番の仕事に緊急呼び出しもある医師に他の職種と同じ時間外の設定するのは無理があるだろう!という意見もあるとは思いますが…。今回はその点は置いておいて。

今回の論文は、そもそもこの労働時間は何から決めているのか、過剰に働くとどのようなリスクがあるのかの最近の知見についてです。

まず事前知識としてはこちらが歴史的な経緯がまとまっているかと思いますので気になる方のために置いておきます。
Health problems due to long working hours in Japan: working hours, workers' compensation (Karoshi), and preventive measures
大雑把に要約しますと
日本は労働時間が長いことが以前から指摘されており、2004年の国際労働機関(ILO)の報告書では週に50時間以上働く人の割合は、ヨーロッパ諸国で1~5%前後に対して日本は28.1%であった(世界の平均は8.9%程度)。長時間労働による健康障害および過労死については1970年代から着目されるようになり、1980年代から過重労働による脳血管障害・虚血性心疾患・死亡に対する労災補償を求める運動が始まった。当初こそ長らく労災認定は下りなかったが2001年に労災認定を適切に行うために補償基準が改正され、過重労働と脳・心疾患との関連を元に発症前1ヶ月間の時間外労働時間が100時間以上/月、または発症前2~6ヶ月間の時間外労働時間が80時間以上/月が過労死判定の定量的な基準として導入されるようになった。
となります。

さあ、出てきました「月間の労働時間80時間」。この過重労働の基準を定めた根拠としては標準労働時間(35-40時間/週)に比べて、週に55時間以上働くと脳血管障害・虚血性心疾患の発症リスクが高くなる、という点からになります(PMID:26298822)。
*概算として、1日8時間程度の労働・途中1時間休憩×5日で基本労働時間は「週35時間強」。目標とされている月80時間の時間外労働なら週20時間の時間外労働が追加されるので、約週55時間労働となるため、それ以上の時間外労働では脳血管障害・虚血性心疾患の発症リスクが高くなるということになります。

さて、こうした長時間労働では血管リスクが高くなりますが、長時間労働は死亡の危険リスクにも影響するのでしょうか。その結論が出ていないため、今回は長時間労働と死亡の関係についての文献を紹介します。

Long working hours and all-cause mortality in China: A 26-year follow-up study

中国における長時間労働と全死因死亡率~26年間の追跡調査~

Yeen Huang, et al
Scand J Work Environ Health. 2023 Sep 4:4115.
DOI: 10.5271/sjweh.4115
PMID:37665226

■Design, Setting, and Participants

1989年から2015年の中国での労働者(10,269人)に「週に何時間働いていますか?」という質問に対して自己申告で回答した。
労働時間が週55時間以上(長時間労働者)、週41~54時間未満、週35時間未満が「標準労働時間(週35~40時間)」と比較して、全死因死亡率に差があるかを評価した。

エンドポイントは全死亡であり、追跡期間は追跡不能になった時点、死亡、追跡期間の終了時点の中の早い時点と設定した。統計分析にはCox比例ハザードモデルで全死亡のハザード比の評価、サブグループ間の死亡リスクの差の評価、生存分析のためにKaplan-Meier法を用いている。

■Result

登録した10,269人の年齢中央値は49.0歳、男性52.9%、ほとんどが既婚者、半数以上が中所得者、1/3以上が喫煙者であり、長時間労働(週55時間以上)は24.0%であった。死亡・打ち切りまでの期間の中央値は11.0年[4.0-18.0]であった。
全参加者の死亡は411例(4.0%、年1000人当たり3.52人)。週55時間以上働いた参加者の全死因死亡率は年1000人当たり4.15人、週35~40時間の人では1.67人であった(long-rank検定で生存率に有意差あり)。
週55時間以上働いた参加者は全死因死亡リスクが上昇していた[HR 1.49、95%CI 1.02-2.18]。加えて層別解析ではこの関連は、男性[HR 1.78、95%CI 1.15-2.75]、喫煙者[HR 1.57、95%CI 1.05-2.57]においてのみ統計的に有意な結果が認められた。

労働時間別の死亡数
2a:「性別」による層別化した長時間労働と全死亡リスクとの関連
2b:「喫煙」による層別化した長時間労働と全死亡リスクとの関連
「男性・喫煙」による層別化した長時間労働と全死亡リスクとの関連

■Conclusion and Relative

長時間労働が全死亡の上昇と関連性が見られ、特にその関連性は男性喫煙者の間でのみ観察された。また男性喫煙者においても有意な関連性は保たれていた。

■感想

過去の死亡率の結果としては、長時間労働で死亡率が高くなる(自殺率が上昇する PMID: 24415615)という報告も、死亡率は変わらない(PMID: 34366305)という報告もあるため結論は出ていませんでした。しかし、結果を比較するとヨーロッパの報告では死亡率は上昇せず、アジアの報告では長期間労働は死亡率を上昇させるという結果となっていました。今回の論文でも中国での研究で労働時間が多いと死亡も上昇するという結果であったため働き方に地域差もあるかもしれません。実際ヨーロッパではワークライフバランスを推進する規制を設けている国もありますし、睡眠時間が短いほど死亡率が高い(PMID: 34477853)という結果もあることから、働き方に加えてオフの時間の過ごし方にも気をつけた方がよさそうです。働きすぎの代表みたいな日本では過重労働&余暇の過ごし方に注意した方がよいかもしれませんね。
女性ももちろん働きすぎには注意が必要ですが、特に男性、喫煙者は有意に死亡率を上昇される結果でしたので、皆さま医療提供に全力を注ぐことも大事ですが働きすぎて自分の体を壊さないようににも注意してください。


文責:貝田航 神戸市立医療センター中央市民病院 総合内科

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