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「日本演劇領域におけるジェンダー調査に寄せて―文化政策の観点から―」JFP調査寄稿文:西山葉子

「日本演劇領域におけるジェンダー調査2023冬」の発表に合わせ、西山葉子さんから寄稿文を頂きました。

西山葉子 フリーランス/舞台芸術制作者・文化政策研究者

劇団青年団/こまばアゴラ劇場、国際交流基金等に勤務し、29カ国の事業に従事。城崎国際アートセンターの初代プログラム・ディレクター、舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)理事等を歴任。
2021-22年ロンドン大学ゴールドスミス校に留学し、修士課程修了(文化政策・外交)。以降、Cultural Relations Platform、BOP Consulting等海外調査機関のコンサルタントとして活動。アーティスト(・アット・リスク)のモビリティ研究がライフワーク。1児の母。

 Japanese Film Projectによる「日本演劇領域におけるジェンダー調査 2023冬」は、これまで同団体が映画領域での調査で培ったノウハウを投入し、映画年鑑の活用に倣って、演劇年鑑掲載情報を統計化し、分析したものだ。本調査の成果の一つとして、調査対象となった各職種における女性担当者の割合から見えてくる分析結果に着目し、特に「制作を含む役職」と「プロデューサーを含む役職」に言及したい。舞台芸術業界において、制作もプロデューサーも厳密に定義された職名ではなく、両者の業務の範囲や責任を明確に分ける基準はない。ただ、プロデューサーには事業における意思決定や他の従事者への指揮に関わる業務・責任が伴い、制作は決定内容を実施するための実務を遂行する立場と捉えられる傾向はあるだろう。本調査では制作における女性割合は63%であるのに対し、プロデューサーでは33%と半減し、女性が意思決定や組織統括に関わる職を得ることの難しさが窺われる。

 本レポート後半には「令和5 年度 劇場・音楽堂等機能強化推進事業」に採択された全国の劇場・音楽堂(うち63 施設)の役員の女性割合(理事長5%、理事26%、評議員28%)も、紹介されている。劇場・音楽堂の役員については、二つの点において、ジェンダーギャップやその影響がプロデューサーの実情以上に深刻であることが窺われる。一つは同じく意思決定に携わるプロデューサーに輪をかけて男性多数という数値的な点であり、もう一つは、創造・発信に関与するプロデューサーの意思決定以上に、劇場・音楽堂の役員の意思決定は、市民の文化的生活全体に大きく影響する、という点である。多様な市民の誰もが公共文化施設による様々なサービスを享受しうる
立場にあるにも関わらず、劇場・音楽堂の経営陣の大多数は男性である。文化という個々の市民のアイデンティティに直結するものを担う公共的拠点の意思決定の顔ぶれが、このように実社会のジェンダーバランスを反映しないもので、弊害は生じないのだろうか?

 このように、本調査があらわす各職種のジェンダーギャップは、働き手に関する問題のみならず、市民における文化的多様性に対する課題も浮かび上がらせている。一方で、文化庁による「文化芸術基本法」1 においては、文化芸術の鑑賞者、参加者、創造者は「その年齢、障害の有無、経済的な状況
又は居住する地域」に関わらず想定されているが、性別に関しての言及はなく、性別に関わりなく文化芸術に平等に関与することに対する政策的意図は汲み取ることができない。監督省庁のスタンスが見えないことは、日本の文化政策におけるジェンダーギャップ解消がマイナスからのスタートであることを意味すると言っても過言ではなく、本調査から見えてきた疑問や課題の解決への道は険しいだろう。

※本プロジェクトは、トヨタ財団 2021年度研究助成プログラム「日本映画業界におけるジェンダーギャップ・労働環境の実態調査」(代表:歌川達人)の助成を受けて実施されています。


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