科学者は『孤独な変人』か?

1 誤った理解による科学者像

多くの人が科学者に対して誤ったステレオタイプを持つことは,とくに理系人材育成において負の影響があるのではないかと危惧しています。それは,次のステレオタイプです。

『科学に高い能力を持つ児童生徒はコミュニケーション能力が低い』

この主張を更に援用して『コミュニケーション能力』が低いことが『科学の能力』の高さであるという主張を耳にすることもあります。

たとえば,バック・トゥ・ザ・フューチャーのドクのように,実験室や工作室,野山などで,ひとりで作業に没頭していて,他の人とはうまくコミュニケーションできない人々を「科学者」としてイメージしていないでしょうか?

2 誤解の原因は

この誤解にはふたつの原因があると推測しています。

ひとつは言わずもがな,小説,映画,アニメを問わず物語に出てくる科学者像がそうした人々だからでしょう。しかし,物語で自分の職種を取り上げられたことがある人にはわかるはずです。物語は登場人物をわかりやすくするための演出が多分に含まれているのです。

もうひとつは,教科書です。学校教育の教科書で取り上げられる科学者とは中世から近世の人物が多いように思います。たしかに教科書に載っている科学者には,孤独な変人としか思えない人もたくさんいます。有名なところで言えば,ヘンリー・キャベンディッシュでしょうか。キャベンディッシュは,18世紀の英国の科学者で,人嫌いで有名でした。彼はアルゴンを初めて発見しましたが,その事実を暗号で記しただけで誰にも伝えませんでした。そのため,おおよそ100年後にウィリアム・ラムゼーとジョン・ウィリアム・ストラットが発見するまで,アルゴンは未知の元素だったのです。

そう。たしかに,歴史上には,キャベンディッシュのような科学者もいました。ここで大事なことは「いました」という過去形であることです。孤独な変人である科学者が活躍したのは,いまから2〜3世紀も昔の話です。それから数百年の時が過ぎ,科学は大きく進歩しました。

3 コミュニケーション能力は必須

まだまだ研究の余地はありますが,現在の科学者は,かつてよりはるかに自然の法則について知っています。その結果,誰かが考えつくようなことは,他の誰かも考えつく時代になっています。現在の科学は,より高度な課題の解明に取り組まなければならないのです。

みなさんの仕事で考えてみてください。数百年前から進歩していない職種は一体どれほどあるでしょうか?

現代の科学は,多くの科学者の知識と経験によって推進されています。良い例がクォークの研究でしょう。

この論文には著者が403名もいます!

高度な課題を解決するために,400人以上の科学者が協働しているのです。これは極端な例ではありますが,10名程度の著者がいる学術論文は珍しくはありません。現代の科学は高度で広範な知識と経験を必要とするため,多くの専門家が協働して研究にするのが当然の時代です。ここで重要な能力が,他の研究者と協働するためのコミュニケーション能力であることは言うまでもありません。

4 ピア・レビュー

コミュニケーション能力が必要な,もっと大事な理由もあります。科学者の業績は,おなじ科学者によって評価されて初めて意味を持ちます。これをピア・レビュー(同僚による評価)と読んでいます。一番わかりやすい例が,学術論文です。科学者は,自らの研究成果を『(条件を整えれば)誰でも,いつでも再現できる』ようにまとめた報告書を作ります。これが学術論文です。そして,その学術論文を評価するのは,同じ研究領域にいる科学者なのです。

ここで大事なことは,同じ研究領域にいても,オリジナリティの高い研究成果を理解してもらうためには相手に伝わるように説明しなければならないことです。コミュニケーション能力がなければ,科学者の世界で評価を受けることができないのです。

5 革新を生み出すためには異なる価値観の融合が必要

この事実が,多くの人に知られていないように思います。誤ったステレオタイプに基づいて科学者としての能力を評価した結果,本来育成すべき能力を疎かにする活躍できる能力を持ちながら能力の活かすことができない状況になってしまった例を見ることがあり,今後を危惧しています。

ただ,コミュニケーション能力という言葉にも『誰かと(すぐに)仲良くなる』能力という誤ったステレオタイプがあるようです。科学は定義の学問ですので,定義について議論が必要でしょう。ここで言うコミュニケーション能力とは,異なる価値観や背景を持つ相手と対話し,相手の主張を理解し,自らの主張を過不足なく伝える能力です。異なる価値観の相手と議論することで,はじめて新たな視点を得ることができます。その視点こそが革新的な研究テーマを生み出します。

現代の科学者は孤独な変人ではダメなのです。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

いつもより,少しだけ科学について考えて『白衣=科学』のステレオタイプを変えましょう。科学はあなたの身近にありますよ。 本サイトは,愛媛大学教育学部理科教育専攻の大橋淳史が運営者として,科学教育などについての話題を提供します。博士(理学)/准教授/科学教育

スキありがとうございます!興味持っていただければ幸いです。
3

科学者から見た「科学」

専門家である科学者と専門としない人の間には考え方に少々違いがあります。一体,どのように違って見えるのかについてまとめてみたいと思います。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。