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挫折の迷子たち

私が学生の頃は、働く意欲が日本中にありました。

女性はなんとなく大学を卒業して、何年か働いて結婚する、というのが基本でした。
あのころは地方から女性が一人で大学に来るとなると、遊びではなく、本気で何かをするために野心満々でやってきていました。
少なかったけれど。

男性で地方から来る人は、天下取ってやる、ぐらいの気持ちだったようです。東京の空は狭い、だの、人間が生きる場所じゃないだの、よく言われました。はぁ??なんか、文句あんの?って感じ。田舎に帰れよ、ってね。話し合わねーってね。

それは、生まれたときから東京で、競争することもなく、
親戚中が東京で、医者、弁護士、教授、なんかがいると、
近所、地元だけですべてが済んでしまうのです。
保育園はありませんでした。幼稚園だけです。
地方組がいなかったのです。気づかなかったけれど。

大学に入ったからと言って、特に友だちも欲しいとも思わず、
終わったら、地元の友だちと遊んでいました。大学の授業はバラバラだしね。
地方から出てきた人たちは、なぜかグループで行動し、
家賃、仕送りだけでは暮して行けず、アルバイトしてましたね。
大学中退したり、夜の仕事に変わったり、人生がかなり変わってしまった人が多かった。そこまでしてなぜ東京にいるのかわからなかったです。
東京組は、就職も、コネではないけれど、一流企業の親戚の紹介で試験もなく夏には内定が決まっている状態でした。ほとんどが。

地方の人はツテがないので、実力で受けに行く、すごいですよね、なかなか。ただ、あのころは、実家が地方だと、不便なので、それを理由に断られることが多かったようです。女性は生活が乱れるからと。

ふと、考えると、今はがらりと変わりましたね。
私たちの頃は自立したかった。自分で親の脛を齧らずにどうすればよいのか、小さいことの積み重ねをコツコツとしていました。

ちょうどPHS?使ってる人がいた時代です。

結婚してそのまま仕事をし続けて、子どもができなかったので、
家にいることにしました。
家に居て、ピアノを教えています。近所の子にね。
音大とかピアニスト目指している人は断っています。
音大を出ても、海外に行かなければ、タダのピアノ弾ける人。

日本はね、芸術にあまりお金を払いません。
海外に行って、それ相応の賞を引っ提げて帰ってきてなんぼです。
東京の人間はそれを知っているので、音大、芸大、の人は、道楽で大学入学したのか、と見ていました。狭き門です。本気の人はだいたいが、海外へ行きました。それを知らず、お金のない学生はずいぶんと焦っていました。
卒業しても、事務です。よくてね。
しかし、地方から出てくる人は、そこまで考えていないのです。
音楽の先生にもなれません。だって空きがないから。

あれから、20年ぐらい経ちました。

今の子どもは、不登校、何もやりたくない、ネット見てる、
詐欺で儲ける、投資話にまんまと引っかかって、散財してる。

いじめにあった、めんへらだ、などと嘯き、小中学から不登校、
で、どうするんでしょうね。

この間、近所のおばさんが、息子の自慢していました。
大検の資格を取って、東大に受かった、と。
息子さんいたのかぁ、って知りませんでした。
毎日働くおばさんしか見てなかった。
いくつまで働くの?って。

結局、息子はずっとひきこもりだったのです。こわーーーー
知らなかった。会ったことも見たこともない。
地方から引っ越してきたので、よその人って感じでした。

ひきこもりかぁ、・・・・ん? 引きこもりでしょ?

引きこもりは東大なら通えるの?
毎日行けるの?
就職したら、毎日出勤できる?
社会性を身につけられますか?
  と疑問でいっぱいになってしまった。


いままで学校に行かなくて、年齢の辻褄をあわせただけのような、
かなりの違和感です。
その人に、周りの人は「すごいですねぇ」と言っていましたが、
それまで、彼女は息子の存在さえ、言わなかった人です。
自分のプライドでしょうか。

私は、息子さんが可哀想になりました。
「せっかく受かったんだったら、通えれば良いですね、」と思わず、言ってしまいました。

ずっと引きこもりが、通えるわけないからです。
その母親は「はっ」とした顔で私を見ました。

要は辻褄なんて、それも年齢の、合わせる必要性などないのです。

怠惰。Z世代なのかな???
オウム事件も知らず、阪神大震災も、高度成長期も、何も知らずに
贅沢三昧で生きてきた彼ら。

私の頃は、というか私の家には、絵本よりも小説が多かった。だから、
子どものころから辞書を引きながら小説を読んでいました。
両親とも、テレビよりも書道や、趣味、読書をする家庭でした。

勉強しなさいとも言われたことがなく、私は、美大に行きました。
絵がべらぼうに、いや、絵ばっかり描いていたので絵がうまかったのです。
道楽者です。

で、親が勧める会社に入社して、ぼけーーっと生きていた。
ほんと、ぼけーーーっと。

で、資格を取るのが趣味だったので、経理やPC、趣味、書道、硬筆、
漢検、秘書検定、好きなことの指導員までの資格を取りました。暇だったのかな。

で、無事結婚しました。
苦労知らずです。ほんとうに。温室育ち。
こどもがいたら、実家が車で15分ぐらいなので預けたでしょう。
いないので、ごろごろしています。

このごろの、こどもは、まるで老人のよう。
うちのマンションにも、母が80代、息子独身50代、という世帯、
不思議なぐらいたくさんいるのです。
うちのマンションは、防犯とか徹底していて、行事も多いので
ほとんどの家の家庭事情をお互いが共有しています。飼い猫まで。

高齢者の方が、1人になってしまったり、
独身の男性ひとり、女性2人、
そして、引きこもりを抱えたお母さんたち、結構います、休みの日には輪になって仲良く話しています。息子のことかな。
お母さんは70代でも働きに出ています。息子は、夜中にコンビニ。
よくテレビで若者が取り寄りの年金を支えていると、見てきたようなうそを池上彰が話していますが、働いているのは、母親ですよ。そして疲れている。

なんということでしょう。
そんな人生でよかったの?

私は充実して幸せで、病気をしたので、毎日の小さい幸せをかみしめて
生きています。
いつ死んでもいいように。

まだまだだけどね。

なんとなく、ひきこもりで、人生を棒に振って、仕事もなく、
生きている人がいるのは、楽しいのでしょうか。
諦めているのでしょうか。

自分の人生を諦めることができるのか。
働かないほうがましだと思っているのか。

この間、「子どもを殺してください」という親たち、というコミックを読んだので、こんな家庭、ざらにあるんだ、と実感した。
秋葉の事件、宅麻守、介護施設を襲った植松聖。ひきこもりでしょ。
日本の品性はなくなった。下卑た国になった。

この先日本は、終わりを告げる。
高度成長期に活躍した方々、先人の訃報が毎日のように流れてくる。
タイマンじゃなくて、1対多で、いじめをする。
やり方もわからず、結局殺してしまう。

なんなんでしょうね、語彙力もリテラシーも持ち合わせず、日本語が読めず、文章が書けない。

ま、いっか。関係ない。
でも、ずいぶんと波乱の時代を見たな、と思います。

今の楽しみは大谷翔平くんだけ。
平和です。ああいう人がまだ存在することに誇りを持っています。

何か残さなくちゃ、と子供ができなかったとき、ひしひしと
感じました。
何も残せない。わたしは。と。鬱状態が結構続いた。

結婚したら子供ってできると思ってたからね。
心臓が弱いもあるらしいです。ま、懐古趣味は無いので。できないものは仕方ない。

いずれ、人生を終わる日が来る。
大谷くんを最後まで見れないと思う。

幸せだったので、そのまま転生せずに成仏したい、それが願いです。
浮遊霊とか、いやでしょ。いやだ。

もう、生まれ変わりたくない。
みたくない。人の野心、張り合うことば。くだらない。

夏バテです。今日は暑いらしいので、なんだか、夏は嫌いです、
何もやる気がしないので。そして疲れてるのに眠れない、っと。


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