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Cashmere Catがアルバムを出すこと Vol.3(2016年と『Wild Love』編)

Vol.1では歌姫(ディーヴァ)を、Vol.2ではR&Bやヒップホップを軸とした男性ヴォーカルを中心に、Cashmere Catが張ったアルバムへの伏線を確かめてきた。

彼が間もなくリリースするであろうアルバム『Wild Love』は、多くの実績と経験が積み重なった、期待と不安が内在した作品になる。それはどんな新人アーティストにものしかかるものだが、ここまで記述してきた経歴を踏まえれば、ポッと出のルーキーのそれとは訳が違う。

だが安心してほしい。Vol.2中間で述べたことを再び引用するなら、”経験に裏打ちされた実力は実績につながり、実績は人を集め、また経験を生む”のだ。その一つの大きな到達点として、彼はこの『Wild Love』を据えようとしている。

そんな期待値の高いアルバムへのウォームアップの相手として、彼はKanye Westの作品に参加することになる。正しくはKanye側のオファーだが、Cashmereが参加したプロジェクトにおいて『The Life of Pablo』に勝るアルバムは未だないと言っていい。

2016年を騒がせているアーティストが全てクレジットされていると言っていい『TLOP』で、彼はPelican Flyでのレーベルメイト:Sinjin Hawk共に「Wolves ft. Sia and Vic Mensa」「Frank's Track ft. Frank Ocean」の2曲に携わっている。

実はこの2曲、様々な紆余曲折を経てようやくこの形に落ち着いたわけだが、結果としてCashmere Catが携わった楽曲で最もアンビエント色の強いトラックに仕上がっている。低音のうねりの中をオートチューン加工されたKanyeのヴォーカルが先行し、のちに合流するVic MensaのヴァースとSiaの濃厚な声は多少のリバーヴのみでミックスされている。Frank Oceanの方はKanye自身のオリジナル部分が後から足されたこともあり、正直2人の仕事とは言えないほど元の原形が見えてこない。まぁ、それはそれでKanyeらしくもあり、生きたアルバムとして完成されないこともまた一興と言えそうだ。

間接的にだが、SiaやFrank Oceanと共演したCashmere Catは、そのままA$AP FergYammy Gang ft. A$AP Mob, Tatiana Paulino」のプロデュースを手掛けている。そこではSinjin Hawkと共にレーベルメイトでもあるLidoとジョインしている。

主にフューチャーベースやポストクラシカルなどをミックスしたサウンドに定評があるLidoが、ここでは2014年1月に亡くなったA$AP Yamsとその母親Tatiana Paulinoを名したトラックにて控えめなエフェクトを駆使してCashmereのオールドスクールなトラックメイクを援護している。

A$AP FergがA$AP Rockyらと所属するNYのヒップホップクルー:A$AP Mobにて、亡くなったYamsはその象徴でありブレインでもあった。そんな彼への追悼と尊厳を捧げたこのトラックにてCashmere Catがプロデューサーとして起用されたことは、プロデューサーとしての期待値以上に、人としての信頼がないと務められないはずだ。

A$AP FergとのコラボレートはCashmere Catが決してロボットのような無機質な存在ではなく、血の通った音楽家として評価されている証拠でもある。それは彼がオーロラ漂う極寒の故郷ノルウェーにて生まれ育ったことも、何か作用しているのかもしれない。

その後、彼はサマーソニックのために来日。その最中、ネットを騒がせたFrank Ocean『Endless』〜『Blonde』のリリースが発生する。東京公演の出演前に『Blonde』をチェックするあたり、彼もいちリスナーとしてトレンドに敏感であることが伺える。

サマソニのステージ直前にFrank Oceanを聴くCashmere Cat

サマーソニックでのステージ後、彼はアルバム『Wild Love』と同名のシングルリリースをアナウンス。そう、Cashmere Catのアルバムを重要な作品とする理由として、ここTOKYOから情報が発信されたことは非常に重要である。さらにアナウンスされたアートワークには、ホワイトアウト寸前の吹雪の中を歩く人影が映し出されている。改めて、彼のアーティストとしてのアイデンティティーがノルウェーにて形成されたのであろうことを物語っている一コマだ。

アナウンス通りリリースされた「Wild Love」に招かれていたのは、前々からスタジオ入りしている噂があったThe Weeknd、そしてKanye WestやChance The Rapperとの共振も目覚ましいFrancis and the Lightsの2組。

ファルセットの効いたヴォーカルを持つ両者を、ここに来て惜しみなく組ませるそのチャレンジ精神には恐れ入る。しかし、そんな果敢なトライアルは想像以上の結果を生むことになる。

聴いてもらえれば分かる通り、Bon IverやFrancis and the Lightsを特異としたヴォーカルコラージュがここでも多様され、全くと言っていいほどビートが存在しない。The Weekndのヴォーカルを軸とし、オートチューンにて加工されたFrancisのゴスペルがCashmere Catのエフェクトの上で組み上がっていく。才能と才能の交差点で、方向指示の役割を担うCashmere Catの明確な音のコントロールが、1トラックを構築する才能同士を見事に接着している。

Vol.2で書いた男性ヴォーカルの特性を理解したプロデュースを参照しながら、大胆にも2016年の大きなトレンドに乗っかっていく道もあることを彼は示し始めた。この道を選んだことが英断となるか、皮肉となるかは2016年末にならないとわからない。少なくとも自分はCashmere Cat, The Weeknd, Francis and the Lightsの組み合わせに違和感を感じることはない。おそらく、アルバムのタイトルトラックとして位置付けられた時点で、この才能同士のハイブリットこそが、彼のアルバムにおける一つのテーマになるのではないかと予測できる。

スタジオで共に作業するCashmere CatThe Weekend

才能同士のハイブリットを成功させるには念入りな考察と大胆な発想が必要でもある。『Wild Love』をより洗礼された、インディーでもメジャーでも浸透しうる全方位型のポップネス作品に仕上げるには、あともうひと押し、大胆なトピックが必要だ。

そして9月。「Trust Nobody ft. Selena Gomez & Tory Lanez 」という大胆な才能のハイブリットトラックを世に送り出す。

Selena Gomezは8月初めに来日公演を成功させたのち、持病であった自己免疫疾患の一種ループスの治療のため現在は芸能活動自体を休止している。そんな活動休止の最中、Cashmere Catのニューシングルで久々に美声を披露していることが、彼女のファンには嬉しいニュースでもあったはずだ(おそらくは活動休止発表の前にはレコーディングしていたと思われる)

Ariana Grandeとは似た境遇を持つSelenaを、さらにディーヴァたらしめるため選ばれたクールガイがTory Lanezだ。Siaを彷彿とさせる低〜中音域のアダルトなレンジが魅力的なSelenaに合わせる相手として、次期Drakeを予感させるToryをチョイスするのはかなり大胆でもあり、納得も出来る人員配置だ。

Selena GomezTory Lanez

Vol.1で綴ったディーヴァとの歩み、Vol.2で証明した男性ヴォーカルの強み。その両方を組み合わせる、まさにハイブリッドなメソッドを2016年に具現化させたCashmere Cat。おそらく新作の全貌が明らかにされた際は、上記のようなハイブリッド以上にエキサイティングなクレジットがまた話題を呼ぶことになるだろう。

日本でも安室奈美恵Sophieなどを前例に、才能のハイブリッド現象は確実に巻き起こっている(tofubeats星野源中田ヤスタカ米津玄師など。最も大きい事象はFrank OceanとKOHHだろう)。今後、Cashmereが日本人アーティストとコラボレートすることも、決して夢物語ではないのだ。

年内のリリースだけは決まっており、未だその正確な発売日がアナウンスされていないCashmere Catの1stフルアルバム『Wild Love』。聴くも聴かないも、その音楽が世に出回ればあとはリスナー自身の判断だが、これだけ書いておいて「聴くな」とは言えない。純粋に、ただ「聴いてほしい」と思う。

先日、ここ日本でもSpotifyが正式にローンチされ、早速音楽におけるリスニング環境に新たな変革が起ころうとしている。ストリーミングすることが音楽を聴くと直感的に結実していこうとしている現状、好きなシンガーやバンドの音楽を聴くためだけだとしても、ただリリースされるのを待つだけではもう手遅れなのだ。新しい音に向かう道筋をたどり、音に耳と目をそばだて、その変化から次を予見し、新たな音楽を持って確認・検証を行う。そんな先進性と更新力がリスナーにも求められていることを、Cashmere Catの存在から感じずにはいられない。

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