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「仕事をすること」が難しい

ときどき思う、仕事をすることはどうしてこんなに難しいことなのだろうかと。

いや、難しくしているのは自分だ。背負わなくていいものを背負い就きたくない役職を貰い、認められてもしない働きを行っている。

前職をやめる直前そんな思いにぶち当たったことがある。私は営業が作る見積の最終承認者の一旦のようなことをしていた。それが一日遅れると営業のメンツがつぶれるのだ。つぶれそうになる営業がから悲痛とも怒号ともとれる電話が鳴ったことは何度もある。

私は一体なんなんだろう、2019年の春先にそう思い始めて夏には花が咲いた。私は上長に「仕事を辞めたいと思う」と話をしたことを覚えている。

仕事を変えることは簡単だった。この仕事は属人化しているので誰がやっても変わらない。若い私はもっと飛躍できる仕事がしたい、そういえば何とかなったかもしれないが当時の私の仕事環境でどうかなったとは思わない。私の声はかき消され同じ仕事を毎日こなす日々だったと思う。

事が進んだのは本格的に辞職を対外的に表してからだったと思う。私の代わりがアサインされことは無事に進んでいった。沈みかけた泥船だった部署が今どうなっているか知らない。外部から知る手段は左寄りの労働組合が発行している二色刷りの新聞だけだ。

あそこで自分の意思をしっかり示さなかったことはある意味正しいことだと思っている。組織が大きすぎたのだ。一人の声などすぐにかき消されてしまう。私が声を発しなかったこともいけなかったのかもしれない。

今も思う。当時の会社に私は長く居すぎたのだと。そして何も学ばなかったのだと。

学べば学ぶだけ自分が進化していく教材が用意されていたはずだった。だがそれに関しても私は一旦胃に収め拒食症のごとく吐き出していった。

私にとって仕事とは何だったんだろうか、自己実現の一旦?ほしいものを買うための手段?愛しい人を守るための手段?どれも正しいことだったのかもしれない。

自己実現の欲望は先に行ってしまった、欲しいものはもう見当たらない、本当に愛したかった人はもう近くにはいない。私はどうしたらいいのだろうか。

なりたい姿の背中は見えない、欲しいものはただうらやむだけ、本当に愛したかった人の名前を呼ぶ資格は今の私にはない。

春先の寒い日、そんなくだらないことを考えながら日々の定常業務をこなしている。いつ生死の淵から落ちてもおかしくない気もしないでもないが、今日も力強く生きていかなければならない。

今手に入れた「大切なもの」のために。

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