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隅田川花火大会は「渋谷のハロウィン」化を避けられるか

2023年の隅田川花火大会は、コロナ禍を明けて4年ぶりの開催ということもあり、予想より多い103万人もの観客が来訪したそうである。ずっと在宅で過ごし外でのイベントが待ち遠しかった人々にとって、この花火大会の開催は大きな喜びであったに違いない。

だが、様々なメディアで報じられている通り、マナーの悪化、大混雑、熱中症などの問題も大きく取りざたされることになった。

私は当日、たまたま別件で浅草近くを通ったのだが、一つ驚いたことがある。会場へ向かう人々の、コスプレの多さである。

もちろん、浴衣を着た男女は大勢いた。だがそれ以外に、明らかに「夏の風物詩」「日本の伝統的な祭」とは程遠い、アニメのキャラクターやネタ衣装が多く見られた。

そのとき私の頭をよぎったのは、「渋谷のハロウィン」である。ひょっとしたら、このままでは隅田川花火大会は「渋谷のハロウィン」と同じようなイベントになっていくのでは…と感じた。

単にコスプレイヤーが多いという話ではない。隅田川花火大会のイベントとしての性質が変わりつつあるのではないか、という「危機感」である。

今日はそんなことについて書いていきたいと思う。

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「渋谷のハロウィン」といえば、ただ騒ぎたい有象無象の来訪者がごった返す悪名高いイベントとして知られている。イベントとは言っても、そこに主催者は存在せず、自然発生的に集まっているため、イベントと呼ぶのかさえ怪しい。

以前、渋谷のハロウィンに向かう友人に行く理由を聞いてみたところ、ホンネで答えてくれた。「簡単にパリピやウェイの仲間入りができるから」と。

彼らは、コスプレを楽しみたいというより「不特定多数と羽目を外したコミュニケーションを取るのが許された空間に入り、パリピの仲間入りして盛り上がりたい」という気持ちで渋谷に向かっている。あの空間では、奇抜な服装さえしていれば、誰しもが簡単にパリピやウェイの一員と「認め」られ、同じく志を共にした初対面の仲間たちと一体感を楽しむことができる。

渋谷のハロウィンがニュースになるたび、「あんなところに行く奴バカだろ」や「元のハロウィンの趣旨も分からず乱痴気騒ぎしてるだけ」といった辛辣な声がネット上に溢れるが、だからこそ彼らはハロウィンに渋谷に行くのである。「俺たちはおウチでタイムラインにカキカキしてる陰キャじゃないぞ。バカになって乱痴気騒ぎする側なんだ」と。そのパリピやウェイの気持ちが分からないでもない。私も、他人の迷惑にならないのであれば、家を飛び出し一夜くらい羽目を外してドンチャン騒いでみたいものだ。

ネット民の期待通りと言うか、渋谷に店を構える飲食店や百貨店からも、渋谷のハロウィンは毛嫌いされている。集まってくる人々が、全くと言っていいほど金を落とさないからだ。飲食店で食事をすることも、百貨店で買い物をすることもない。電車でやって来て一通り騒いだ後はそのまま電車で帰るため、宿泊業も儲からない。ラブホテルは儲かっているかもしれないが。

それどころか、大混雑を避けて通常の客が来ず、またトラブルを避けるため早々にシャッターを閉める店もある。お店のトイレがコスプレ者に占拠されるところもある。翌朝になれば店の前にゴミが捨てられている。

「渋谷のハロウィン」は、当の渋谷にとって百害あって一利なしの「災害」となってしまった。ちなみに私も、今日がハロウィンだと知らずに渋谷の居酒屋で友人と飲んだことがある。お店は空いていた。帰りは井の頭線に乗ろうとしたが、群衆に阻まれなかなかたどり着けなかった。

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隅田川花火大会も、やがてこのようなイベントになるのではないかと危惧している。つまり「そこに行けば、不特定多数と羽目を外したコミュニケーションが取れ、簡単にパリピやウェイの仲間入りして盛り上がれるイベント」である。

隅田川花火大会に限らず、多くの花火大会の主要なターゲット層は、友人や恋人と青春を楽しみたい若者たちや、家族連れ、観光客であった。彼らが地域にお金を落とすため、その地の組合が花火大会を後押しする。花火大会の収益構造は、「地域の組合らスポンサーによる資金提供」→「花火大会実行委員会」→「訪問客による地域への経済効果」によって成り立っている。

もしも隅田川花火大会が「渋谷のハロウィン」化してしまったら、その収益構造が成り立たず、運営が厳しくなるのではないかと思われる。そしてその予兆はすでに現れつつある。私がたまたま見かけたコスプレイヤーたちはその一つに過ぎない。

みなさんもご存じだと思うが、花火を見に来る者たちの大半は、花火自体を目的としてない。たしかに花火は美しいが、今ではそれ以上に刺激的な娯楽が巷にあふれている。訪問客の多くは、友人や恋人、家族と楽しい時間を過ごすために来ている。何か特別に集まる理由が無いと野暮ったいため、花火という「きっかけ」を元に集まっているに過ぎない。そうでなければ、あんな人混みでかつ熱中症のリスクのあるところまでわざわざ出かけたりしない。

だが「渋谷のハロウィン」に集うような者たちは、むしろその「人混み」こそを目的とする。そして、その人混みの中に含まれる同じ志を持つ者ーー不特定多数と騒いで一体感を味わいたいウェイやパリピーーの人数が増えるほど、さらに集まるインセンティブが生じる。雪だるま式である。逆に一般の、友人や恋人や家族と訪れる者たちは、花火大会から離れていく。「混雑が深刻化してきたなぁ。観覧客のマナーも悪くなってきた。警察の統制も厳しくなる一方で、安らぐどころではない。場所取り合戦も激しさを増してきた。おまけに近ごろ気温まで上がって熱中症になるかもしれない。それにネット民の言う通り、あんなところに行くようなバカだと思われたくない。花火大会で味わえる楽しさと天秤にかけたら、とても釣り合わない。友人や恋人、家族と楽しく過ごせる場所は他にもあるのだから、そっちに行こう」と。

つまり、来訪者に含まれる「渋谷のハロウィン勢」の人数がある臨界点を超えてしまえば、隅田川花火大会はあっという間に「渋谷のハロウィン」化してしまうということだ。隅田川花火大会は、若者の多い東京の中心で行われ(アクセスが良い)、知名度が高く(確実に同胞に会えると保証がある)、浴衣で来るものが多い(その延長でコスプレしても違和感が薄い)。日本の数あるイベントの中でも、「ウェイやパリピ予備軍」が次に目をつけるとしたら、やはり隅田川花火大会が妥当だろう。かつてハロウィンの渋谷に白羽の矢が当たったように。ハロウィンのようなコスプレはしないにしても、別の代替的な「騒ぐ」手法が自然発生的に確立される可能性もある。

彼らは浅草周辺にお金ではなく、ゴミを落としていく。ホテルに泊まらず、電車で帰る。花火を見るよりも、初対面の仲間と騒ぐ。

地域の人々にとって何のメリットも無くなった隅田川花火大会に対し、やがて開催への反対運動が起きるかもしれない。だが実際に中止にはならないだろう。というのも、隅田川花火大会のスポンサーは、地域の組合でないからだ。

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隅田川花火大会の公式ウェブサイトによると、協賛各社の欄には、浅草EKIMISEや浅草花やしき、東京スカイツリーといった地元の組織もあるが、読売新聞、テレビ東京などの大手メディアも名を連ねている。

テレビや新聞などでは、渋谷のハロウィンを報じるたび、「マナーの悪化が深刻です」「警察は厳戒態勢を敷いています」と険しい顔をしているが、「バカな輩が起こすトラブルの様子は、ウケがとれる格好のネタ」であるため、確実にそれが起きるであろう渋谷のハロウィンはむしろ喜ばしいイベントである。嬉々として群衆の中に赴いてカメラを回し、マナー違反や騒動が起こるのを今か今かと待っている。

隅田川花火大会でも、花火の生中継はもちろんだが、観覧客の方にもカメラはたくさん回っていた。YouTubeで検索すればすぐに出てくる。明らかにカメラの位置が、群衆を撮影でき、かつ自身は安全地帯にいるような視点をしている。おそらく、許可を得て最初からそこにいたのだろう。そして、マナー違反や激しい場所取り合戦をしっかりと報じている。(その報道自体はメディアとしてやってしかるべきなのだが)

たとえ隅田川花火大会が「渋谷のハロウィン」化したとしても、彼らマスコミに花火大会を中止させるモチベーションは無い。美しい花火の報道が主目的であるのは間違いないが、「近年、隅田川花火大会は観覧客のマナー違反が深刻化しています。また客層も以前とはだいぶ異なってきております。では現場の様子をご覧ください…(ここでウェイやパリピが騒ぐ様子が映し出される)」という報道もウケが取れるため、ぜひとも続けてほしいイベントである。

現実的な対策案としては、警察が群衆の行動規制を厳しくし、不特定多数が接触する芽を摘むんでおき、「渋谷のハロウィン勢」にとっての魅力を下げておく策となるだろう。だが100万人を統制するのに一体どれだけの警備費がかかるだろうか。

報道を見る限り、相当の数の警察官が交通整理をし、テープを引き、フェンスを設置し、メガホンで叫んでいるようである。この暑い中、感謝の限りである。だがその警察の目をかいくぐり、一方通行を逆走したり、フェンスを破壊したりする様子が見受けられたようだ。

言うまでもないが、大会の主催側は警察に費用を支払って警備を委託しているわけではない。だが何もしなければ梨泰院群衆事故のような悲劇が起きてしまうため、警察は仕方なくやっているだけだ。渋谷のハロウィンにしても、隅田川花火大会にしても、「やめてくれよ…」が警察のホンネだろう。(もちろん警備費は公費で支払われている)

隅田川花火大会実行委員会、警察、メディア、浅草地域の人々は、これからどう動いていくだろうか。


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