アンフィニッシュト 30-1
三
翌日、玉井勝也の選挙事務所に電話すると、玉井は不在だったが、スタッフが取り次いでくれるという。その後、雑務をこなしていると、一時間ほどして玉井から電話があった。
「玉井ですが、何か」
その声音には、あきらかに警戒の色が漂っていた。
「お電話いただき、ありがとうございます」
すでに事務所から伝わっているはずだが、寺島は明るい声で所属と名前を名乗った。顔が見えない電話の場合、声音や気遣いで相手を安心させねばならない。
「長距離ですので、こちらから掛け直しましょうか」
「いいですよ。そこまでせこくはないから」
電話の向こうで、苦笑したような声が聞こえる。
県会議員という仕事柄か、生来のものか分からないが、玉井とは、うまくコミュニケーションが取れそうな気がした。
「昔の話で恐縮なんですが、石山直人という方をご存じですか」
「石山――、ああ、あの石山か。懐かしい名前ですね。高校と大学が一緒でした。でも警察からということは、奴が何かしたんですか」
「いえ、連絡が取れなくなっていまして――」
「ということは失踪ですか」
「まあ、そういうことになります」
寺島は、ここまでの経緯を説明した。
「そうだったのですか。大学を卒業してから数年は、コンタクトもあったのですが、そのうち疎遠になってしまい、それっきりでしてね」
「卒業後、石山氏が何かのトラブルに巻き込まれたという話は、聞いたことがありませんか」
「銀行から証券会社に移ったことは、風の噂で聞きましたが、奴は東京に本拠を移したこともあって、高校の同窓会にも来ませんでしたからね。詳しい消息は知りません」
ここまでの玉井の話しぶりからは、何かを隠しているような雰囲気はなかった。だが収穫もなさそうに思える。
「では、大学時代の石山氏は、どんな青年でしたか」
「至って真面目でしたよ。そりゃ、あの時代ですからね。煙草や酒はやっていましたよ。でもサークル活動や学生運動には関心を示さず、アルバイトに励みながら講義には必ず出ていました。彼は、裕福な家庭に育ったわけではないのでね」
玉井の話は高校時代にさかのぼっていったが、寺島の心に何かが引っ掛かった。
玉井の話に耳を傾けながら、寺島はそれが何かを考えていた。
――そうか。学生運動か。
「お話の途中ですいません」
「あっ、はい」
「玉井先生や石山氏は、学生時代に運動家とかかわりがありませんでしたか」
「そりゃ、運動家は学内にいましたよ。でもぼくも奴も、学生運動とは距離を取っていました。二人とも政治には関心がありましたけどね」
「では先生も石山氏も、ご友人に学生運動家はいなかったんですね」
「そうですね――」と言いつつ、玉井が過去の記憶を探るように沈黙した。
受話器の向こうから、何かを考え込んでいる様子が伝わってくる。
――偽りを言っても、自分に害が及ばないかを考えているに違いない。
やがて、いくつかのドッグワードに続いて玉井が言った。
「うーん、友人と呼べる者はいませんでしたね」
「そうでしたか。では、運動家と呼ばれるような人物と言葉を交わしたことはありませんでしたか」
「言葉、ね」
玉井の歯切れが、とたんに悪くなる。
「記憶にありませんね」
その言葉の裏には、ありありとした記憶が浮かんでいるのが分かった。
だが相手は議員ということもあるので、寺島はここで、いったん引くべきだと思った。
「そうですか。石山氏のことでも学生時代のことでも、何か思い出されたら、ご連絡下さい。ご協力ありがとうございました」
「いえ、当然のことですから」
電話はそこで切られた。
切断音を聞きながら、寺島はきな臭いものを感じていた。
「そいつは難しいな」
開口一番、島田がそう言うと、野崎も疲れたような声を上げる。
「まあ、気持ちは分かるけどな。石山のライターが焼け跡から見つかっただけで、石山の過去を洗いに福岡に行くのは、ちと、やりすぎじゃないか」
「分かっています。行ったところで、玉井は何も話してくれないかもしれません。でも何か引っ掛かりを感じるんです」
二人は腕組みしたまま考え込んでいる。
「行かなければ、これでこの線は終わりです」
「だが、相手は議員だぞ。いろいろ面倒なことになる」
島田が難色を示す。
その裏には、何らかのルートを通じて抗議されるかもしれないという危惧が感じられた。
――事なかれ主義か。
島田の立場からすれば分からないこともないが、保身に走られては、こうした捜査が進まない。
「そこは、うまくやります」
「それは信頼しているが、もう少し様子を見たらどうだ」
島田の言葉に野崎も追随する。
「そうだな。ライターの線は、少し思い込みが強いような気がする。だいいち、玉井という議員は、その立場から、単に学生運動と距離を取りたいだけかもしれないんだぞ」
冷静に考えれば、その通りなのは寺島にも分かる。
「では、石山はなぜ失踪したのでしょう」
「まだ失踪したとは限らない。定職もない男だ。家賃を踏み倒したかっただけじゃないか」
とにかく島田は、決断を先送りにしたいらしい。
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