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どもるってめっちゃ辛い

今年も新入社員がやってきて、もう五月も終わろうとしている。
自分が新社会人になったのは遠い昔でも、1年目だった時のことは今でも割と覚えていたりする。

初めて担当した仕事は電話対応だった。テレアポが要の会社だったので当然といえば当然だが、割としっかりした電話対応マニュアルがあって徹底的に叩き込まれた。

1年目のメイン業務は勿論テレアポで、毎日どの拠点で何件新人がアポを取ったかが共有メールで出回るので、新卒1年目の自分も他の同期に負けないように毎日スクリプトを徹底的にぶつぶつと復唱して頭に叩き込んでいた。

そんな自分は吃音者だった。

「だった」と書いたが別に今治ったわけでは無く、昔よりは大分落ち着いてきただけだ。ただ社会人1年目は色々なことに緊張していたため特に吃りがひどく、毎日会社に行くのがめちゃくちゃ辛かったのをとてもとてもとてもよく覚えている。

吃音あるあるで、頭の中で言葉は出ているのに喉の奥で声が詰まって出ないということがよくある。

私の場合は「あ」や「お」などが出づらく、口が空いたまま空気が固まって出てこない、みたいなことがよくあった。例えるならしゃべっている途中で喉の奥にゴムボールみたいなものが突然挟まって息ができなくなるような感じだ。

「ありがとうございます」とか「おめでとうございます」なんて1番よく使うのもあって最悪なキーワードの一つだった。

突然言葉が喉から出なくなる恐怖は、同じ吃音者しか理解できないと思う。

幸いなことに人に恵まれていて、吃ることをいじられたり、それが原因で怒られるようなことはなかった。ただ自分自身は吃る度に凹み、嫌になり、恥ずかしくなり、を繰り返していた。

地獄の挨拶訓練

接客でよく使う「ありがとうございます」などの頭文字を標語に、拠点の社員全員で朝から元気よく挨拶をする挨拶訓練というものがあった。

最初に声を出す当番はやはり新人に回るケースが多く、これも大の苦手だった。
当然のように「ありがとうございます」の「あ」がつっかえるので、先輩たちからよく笑われていた。

そんな自分も転職し、今の会社の方が新卒で務めた会社より長くなってきた。職位が上がるにつれ電話対応をする機会も減ったため今はそうしたストレスから離れて仕事ができている。(そもそも営業じゃないのでテレアポ自体無いが)

吃音者同士は出会わない

なぜ急にこんなことを書こうと思ったのかというと、たまたま自分と同じ吃音(らしき人)が取引先にいるからだ。

らしき・・・とは確証が無いためで、これも吃音あるあるかと思うが意外と吃音者同士が出会うことは少ない(気がする)。現に自分は身近に吃音だという人は1人もいない。
実際人が吃ることなんて案外気にしていないもので、気づかないケースの方が多いからかもしれない。(当の本人は冷や汗ものかと思うが)

ただその人の場合は割と会議中つっかえることが多いのでおそらくそうでは無いかと感じている。

会議中その人がつっかえるとタイミングを見て時折「全然ゆっくりでいいですよー」と声をかけるようにしているが、これが正しいことなのかどうかは正直わからない。よりプレッシャーに感じているかもしれない。

何が辛いって

他の病気や障害とは異なり吃音は割と軽視されがちなところだ。これは自分がそうだったからこそ感じるが、本当に辛いのに障害とはみなされないため、日常生活をなんとか生き抜かなければならない。

しゃべれない、ということが吃音でない人には理解できないのだ。そのためいじめられたりちゃんとしゃべれと怒られたり理不尽な扱いを受けることも多い。

コミュニケーションが必須になるような仕事を選択したらそれこそ地獄のような毎日が待っている。電話なんて鳴るたびに心臓がバクバクするし、社名もまともに言えなかったりする。

こんなことを書いたところで何かが変わるわけでも無いが、新人が増える4月や5月はきっと自分と同じように辛い思いをした人が増える時期かなと思いつらつらとかいてみた。

吃音症状の出る出ないは精神状態に左右されがちだ。
リラックスし切っている環境ではあまり出ないし、出たとしてもあまり気にならなかったりする。例えば気の知れた友達とくだらない話をしていて吃ってもあまり気にならない。

新しい環境に入ったばかりでリラックスしろという方が無理があると思うが、
最終的には気の持ちようで症状が緩和される。

自分の場合は歳を取れば取るほど人の目を気にしなくなった。
身だしなみとかには気を遣うが、それはマナーから来るもので別に自分の人となりを他人にどう思われてもあまり気にしなくなった。

吃ったところで「まぁいいか」くらいまで思えるようになり、いい意味で毎日を気を抜いて過ごせるようになった。

なぜそうなったのかは覚えていないが「嫌われる勇気」とかいわゆる自己啓発本を読んだあたりからだったような気がする。

完治することはないと言われているため、吃音者は一生吃音とうまく付き合っていく必要がある。

今でも会議で吃ることは当然ある。頻繁にある。なんなら毎日ある。
ただ昔と比べてその度に焦ったり凹んだりすることが少なくなっただけで、症状は依然として出るわけだ。

自分が喋りやすい言葉に咄嗟に言い換えたりして難を逃れるが、
そんなことを続けると頭が疲れてくるので、他の人の倍の体力を消耗したような気になる。

自分と同じ吃ることで辛い思いをしている、特に新社会人などの若い人に対し、
頑張りすぎず、行くとこまで行ったら「まぁもうしゃべれないもんはしょうがないよね」くらい開き直るなど、思い詰めずにマイペースにやって欲しいなと、今では心の底から思っている。

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