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自由への闘争

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接吻担任

接吻担任

3年生になって「ご褒美が接吻」という女傑が担任になった。あらゆる成績がキスマークに換算され、ぼくらは年間の接吻王者を競わされることとなった。

漢字テストは大相撲番付が適用され、番付があがるとほっぺにキスマークというご祝儀がもらえた。

つまらない世をおもしろく、という先生の哲学だったと思う。真面目しか取り柄のなかったぼくはいつしかトップ争いに食い込むようになっていた。それまで黙々とノートに正解を

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守ってもらう

守ってもらう

考えてみればいつも誰かに助けてもらっていた。幼稚園の時はジャイアンみたいな男の子が物を投げたり腕力をふるってくる対象に選ばれたものだけど、その都度守ってもらっていた。女の子に。

自分ではなにもできないような気がしていた。大きな力に対して。僕はただ沈黙するしかないと思っていた。

小学校でおしっこ漏らした時も担任の先生に助けてもらった。女の先生。どういう嘘をついてくれたのかわからないが、支給された

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緊張の限界

緊張の限界

小学校にあがってますます強力になった管理システムに対して、僕は毎日ただ立ちすくんでいた。息を殺して、全身にバリアの気を張りつめて、決して挙手などしないで目立たないように、そしてレールを踏み間違えないように細心の注意を払って日々を過ごしていた。

それでも緊張にも限界がある。小学二年生の時、授業中に「トイレに行きたいです」が言えなくておしっこを漏らした。机の下のびしゃびしゃの水溜まりの中で「終わった

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一番最初の記憶

は幼稚園登園初日。

遊びすら号令のもとに管理されることに戸惑い、しばらく廊下で立ち尽くしていた。固くて冷たい廊下。水色のベタっとしたペンキの廊下。

実際は数秒の時間の間、永遠に深い時の中に立ち尽くしていた。自分は奴隷だと悟った瞬間だった。

家の中には幾ばくかの自由があった。外に出た瞬間に、組織の中には自由はなかった。なぜこんな社会になっているのか、廊下で考えてみた。「人間は管理される生き物だ

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