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立喰いそば

小学校高学年の頃。
当時、私たちは探偵ごっこにハマっていました。

ハマるきっかけは、同級生の山ちゃん。
放課後は、毎日毎日暗くなるまで遊んでいた友達の一人だった山ちゃんが、ある時期から「今日は遊べない」と言い、そそくさと帰宅するようになりました。

毎週決まった曜日に「遊べない日」が繰り返され、理由を聞いてもはっきりした答えは返って来ません。
ただ、帰宅後山ちゃんはバスに乗ってどこかに出かけているらしいことだけは、何となくわかって来ました。

「山ちゃん、何してるんだろう?」

気になって仕方ない私たちは、「少年探偵団」を結成。
山ちゃんを「尾行」して調査することにしました。

山ちゃんが「遊べない」冬のある日。
私たちも速攻で帰宅して、各自チャリに乗って山ちゃんの家の近くの公園に集合。

公園から100mくらい離れた、山ちゃんの家を見張っているとバッグを片手に山ちゃんが出て来ました。

「来た来た!」

少年探偵団、尾行調査開始です。
歩いてバス停に向かう山ちゃん。
少年探偵団は見つからないよう、網の目のような住宅街の道路を1ブロック離れた道を慎重に通って山ちゃんと並行移動しながらバス停の方向へ。

バスを待つ山ちゃん。
同じくチャリにまたがり、家のかげでバスを待つ少年探偵団5人。

やがてバスが来て、山ちゃんが乗車。
少年探偵団はチャリで追いかけます。
路線バスなので、走り出すと引き離されましたが停留所で頻繁に停まるので、バスを追いかけるのはそんなに難しくありません。
バスが停留所で停まるたび、山ちゃんが降りないかどうか注意しながらバスを追いかけ続けました。

結局、山ちゃんは途中下車することなく、終点の駅まで乗りました。
駅前の降車場で降りて、人ごみを行く山ちゃん。
チャリのまま尾行を続ける少年探偵団。

バスを降りて歩くこと5〜6分。
山ちゃんは、とある建物に入って行きました。
そこは、進学塾。

山ちゃんは中学受験のため、進学塾に通っていたのでした。

「なんだ〜、塾かぁ〜」

これで、少年探偵団の尾行調査は終了。
オチなしです。(笑)

冬なので、辺りはもう薄暗くなっていました。
5人いた探偵のうち、3人が「もう帰る」と言って帰って行き、キヨという探偵と私2人が山ちゃんの塾の前に残りました。

キヨが言いました。
「腹減ったな。「立ち喰いそば」って喰ったことある?美味いから行かない?」

2人で自転車を走らせ、再び駅前に戻るとそのお店はありました。

大関そば。
のれんをくぐるとカウンターの向こうから、機嫌のいいお兄さんが「いらっしゃ〜い」と迎えてくれました。

少し高く感じる年季の入ったカウンター。
勝手のわからない私を横目に、キヨが「たぬきそばください!」と、声を上げました。

「はいよ〜、たぬきそばいっちょ〜」
「お兄ちゃんは何にします〜?」
「あ、僕もたぬきそばください」
「はいよ〜、たぬきそばりゃんです〜」

待つこと十数秒。
「お待ちで〜す」の声かけと共に、目の前に熱々のたぬきそば。
価格は¥140だったのをはっきりと覚えています。
その日¥100しか持っていなくて、キヨに¥40借りたからです。

冬の日の夕方。
初めて食べた¥140の立ち喰いそばの味。

いくらでも時間があったあの頃。
一緒に味わっていたのは、とても贅沢な時間だったのかも知れません。

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