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映画オッペンハイマーを観る心構え

第96回アカデミー賞で
最多7冠を獲得した

クリストファー・ノーラン監督

オッペンハイマー

様々な議論と検討を重ねて漸く日本公開が決定した本作を鑑賞しました

科学者ロバート・オッペンハイマー

"戦争を終わらせた英雄''

''悪魔の兵器の生みの親''

ある人には英雄だけど
ある人には悪魔

その伝記映画について備忘のため
記します。

注)ネタバレがあります。
写真は映画オッペンハイマー公式から抜粋しています。

原爆を作った人が何を
考えて原爆を作ったのか

原爆の父オッペンハイマー

天才物理学者ロバート・オッペンハイマーは物理理論で量子力学界を牽引する一人。ユダヤ系アメリカ人でニューヨーク生まれ。第二次世界大戦の中、原子爆弾開発/製造を目的とするマンハッタン計画のリーダーとして活躍します

ナチスに遅れをとらないよう
早く原子爆弾を完成させなくては

この思いで決起するマンハッタン計画を基に、アメリカのニューメキシコ州のロスアラモスという街で研究開発所を建設してその拠点とします

ビー玉が仄めかすウランの収集状態
原子爆弾の制作過程

研究/開発が進む中でヒトラーが自殺したという報告が入ります。ヒトラーのいないドイツなら求心力がなくなるし、この計画の大義も要らないのではないか

原子爆弾の開発もここで中止

...となるわけもなく、残酷ながら動き出した計画は止められません。
オッペンハイマー達にとって

科学者としての好奇心が
>>>
原子爆弾を人間に投下する現実を
>>>
凌駕します

第1回原子爆弾の実験いわゆるトリニティ実験を成功させることに躍起になっていました。自らマンハッタン計画を主導して、名だたる物理学者/軍人の協力を得ているため立ち止まることができない

そして
トリニティ実験は成功してしまいます

悪魔の兵器 原子爆弾の誕生

その後
日本に無情な投下がされます

第二次世界大戦で勝利をおさめたアメリカは極秘裏にすすめられていたマンハッタン計画を公にします。勝利の決め手/原子爆弾を設計した天才物理学者オッペンハイマーは立ちどころに英雄として報道されますが、開発者本人は終戦後間もなく違和感を覚えはじめるのです

これは善意の武器ではない

自分の手は血で汚れているとトルーマン大統領に話して「弱虫」と名付けられるオッペンハイマー。マンハッタン計画を推進したルーズベルト大統領は大戦締結前に世を去り、急遽就任したトルーマンが原爆投下の許可を出しました。

直接的な映像はありません

罪の意識が遅れてやってくるオッペンハイマー

後悔は先に立たない

自分の開発が起こした悲劇

気づいたときには遅かったのです。
世界最恐の兵器を生み出した父はその現実に尻込みします。科学者の好奇心が満たされた先に見えたのは地獄絵図。オッペンハイマーの苦悩はそのままに、周囲はさらなる高みを求めて水爆実験をすすめようとします。

我は死
世界の破壊者なり

ヒンドゥー教の聖典から引用した言葉でオッペンハイマーが自身を現しています。アメリカが核を開発/使用した4年後にソ連が核を作り保有します。そもそもマンハッタン計画はナチスドイツへの対抗意識と同時にソ連への牽制の狙いがあります。実際、マンハッタン計画の参加者にソ連のスパイが紛れていました。オッペンハイマーにはスパイを入り込ませた責任があるのではないかという言及と共に、自身も共産党員ではないかという疑惑(赤狩り)がかけられます。

戦争を終わらせた英雄



赤狩り
水爆実験に反対したため
公職追放

原爆の父は
遅れてやってきた良心の呵責に耐えられなくなりました。出来レースの聴聞会に大人しく顔を出して共産党との関係が深すぎることを糾弾されます。散々尋問する弁護士ロジャー・ロブはオッペンハイマーを陥れることを狙った原子力委員会の委員長ストローズが雇っていますから容赦ありません。潰しにかかってきます。心を一つにして智を結集したマンハッタン計画のメンバーも袂を分つ場面があります。オッペンハイマーを見限る物理学者エドワード・テラーがその一人。聴聞会でのテラーの発言は決定打となり、オッペンハイマーは公職追放になります。妻キティの怒りは止みませんでした。やがてテラーは数々の功績を残して「水爆の父」と呼ばれるようになりますが、一説では人望があまりないようです。

後ろにいるのは妻キティ
公聴会でのオッペンハイマー

オッペンハイマーを讃えるアメリカ人の喜びと苦悩

オッペンハイマーを讃える人々

今回IMAXで映画を鑑賞しましたが少し後悔しています

音質が良すぎてこわい
恐怖の音が響き渡る

映画の冒頭から

ドドドドドドドド
...という恐怖の音が映画館内に響きます。ネタバレになりますが、原爆実験の音ではありません。足を鳴らす音です。戦争締結で家族が母国へ帰還する喜びの拍手代わりはオーケストラで指揮者を迎えるときに鳴らすあの音

本来なら珠玉のパフォーマンスへの賛辞としてなされる足音が、配慮のない残酷な行為として突き刺さります。トリニティ実験の爆音も恐ろしいのですが、戦争が終わった喜びに沸くロスアラモスの家族達を見るのが辛いです。この裏画面は決して映されませんが、日本に原爆が投下されたあとだとわかりますから…

映画で大事なシーン

アインシュタインはオッペンハイマーの苦悩を分かってくれます。映画の冒頭に二人のシーンが垣間見えました。実際にどんな会話をしたのかは映画の後半で明かされます。同じ使命を持った同士だからこそ通じ合うのでしょう。

天才物理学者オールスターズ

ロバート・オッペンハイマー
アルバート・アインシュタイン
アーネスト・ローレンス
ニールス・ボーア
イジドール・ラビ
エドワード・テラー

この他オッペンハイマーのケンブリッジ留学時代、実験が苦手であることを揶揄する博士パトリック・ブラケットやナチス側についたヴェルナー・ハイゼンベルクも少しだけ登場します。これらちょこっと出演の物理学者達がノーベル賞受賞者揃いというオールスターズで、物理学が好きな方には堪らないようです。
(私はオッペンハイマーとアインシュタインしか分からなかった...)
アーネスト・ローレンスはオッペンハイマーの親友でありライバル。理論物理学者(実験が苦手)であるオッペンハイマーに対してローレンスは実験の天才。マンハッタン計画の初期メンバーであるローレンスはオッペンハイマーよりだいぶ先に頭角を表しサイクロトロンを発明してノーベル物理学賞を受賞していました。ローレンスがノーベル賞受賞スピーチに寄せた「原子核の宝物」とはのちに親友オッペンハイマーが作り出す原子爆弾のことです。同じく20世紀最大の天才物理学者と云われるアルバート・アインシュタインはこの原子核を基にドイツが「extremely powerful bombs」を作り出すことを予見しておりルーズベルト大統領に警告の書簡を出しています。そうして極秘のマンハッタン計画が立ち上がります。天才物理学者達が連鎖反応(chain reaction)のように原子爆弾の開発・完成に向けて動き出しました。原子爆弾が投下された後、良心の呵責に苛まれる物理学者もいれば、一つの通過点として再び高みを目指し水素爆弾の開発へ注力する学者もいます。オッペンハイマーは前者、ローレンスやテラーは後者でしょう。

誰もが我先にと原子爆弾を開発していた時代

仁科芳雄 Wikipediaより

ここからは映画に登場しない話題になります。NHK映像の世紀/バタフライエフェクト「マンハッタン計画 オッペンハイマーの栄光と罪」を視聴した内容を含みます。第二次世界大戦当時、原子物理の学問の根底を極めたいと躍起になっていたのはオッペンハイマーだけではありません。日本人の物理学者/仁科芳雄もその一人。「日本の原子物理学の父」と呼ばれる仁科博士は「身命を賭して、その完成を急ぐ必要 これ有り候」と手紙を残しています。それはあくまで軍からの命令であり自分が口を挟めるものではないと前置きがあり、戦後は重度の後悔を告白してヒロシマ・ナガサキの現場を伝える映画作成に協力しています。オッペンハイマー、仁科芳雄ともにドイツの天才物理学者ヴェルナー・ハイゼンベルクから影響を受けている点は似ています。31歳という史上最年少の若さでノーベル物理学賞を単独受賞したハイゼンベルクは当時のスター。そのスターがナチス側についたことは世界を恐怖に陥れます。ヒトラーに核兵器を持たせたら世界はどうなってしまうだろう。何とかヒトラーよりも先に完成させなくてはいけない。しかし、ヒトラーが原子爆弾を手にする初めての人になる恐怖は計り知れない一方で、この考えはアメリカにとっては有り難い’’たられば話し’’。世界で初めて原爆を投下した国は戦争を終わらせるために段階を踏んで''仕方ない行為''を決行したと前向きに語られるエピソードにも聞こえます

世界を終わらせる核兵器は
もう二度と使用してはいけない

天才物理学者オッペンハイマーの脳内には原子核が飛び交う映像が流れます。科学者として実験を推し進めて行き着く先に見えた

地獄のカウントダウン

映画を鑑賞しているとノーラン監督の魔法にかかり否が応でもオッペンハイマーと共犯になるような錯覚に陥ります

自分達も核を落とす国に
なったかもしれない
戦後、オッペンハイマーが感謝状の式典で述べたスピーチの一部が以下です

今 誇りは深い懸念とともにあります
もし原子爆弾がこれから戦争を起こそうとしている国々の
武器庫に加わることになれば
いつか人類はロスアラモスとヒロシマの名を呪うことになるでしょう

ロスアラモスでのオッペンハイマーの言葉

↑この記事を参考にしました。

バタフライエフェクトより

オッペンハイマーは1960年9月に来日しています。東京・大阪を訪問していますが広島・長崎へは降りたっていません

背筋が凍る話しを学ぶのは
自分達の平和な暮らしは永遠ではないと知るためです。

Junko Summer

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