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「オールドルーキー」に出会えて良かった

「オールドルーキー」が終わってしまった。

 いつも面白いドラマには終わって欲しくない。終わるからこそ物語は噛み締めることができるのだが、終わらない物語ほど美しいものもまたない。

 少し早い夏だった。夏の盛りよりも早く始まったドラマは、まだ残暑も厳しい折に幕を閉じた。それは非常に美しい、待ち望んだ未来を結実する形で。


 私が綾野剛という才能に惚れ込んでから早いもので1年と半年になる。氏は「ヤクザと家族」に始まりホムンクルス、恋はDeepに、キン肉マン、アバランチ、新聞記者と話題作への出演や主演が続き、さらには著書の出版もあり、ふんだんにその表現活動の片鱗を見ることができた。綾野剛という表現者が好きだな〜と思うまでにたいした時間は要らなかったし(明らかに何をやっても上手だった)、やはり洗練された技芸に対しては惜しみなく賛辞を送りたい。それはすなわち向き合った時間であり、費やした情熱量とイコールだからだ。もちろん綾野剛という人が初めから完璧な、天才という形容が適切な類の役者ではないことは、デビュー作として名高い仮面ライダーを見ていただければわかるだろう。Huluにあります。


 さてそれでは今年は・・・というと、昨年ほどの機会に恵まれていない。おそらく理由は様々あって、それは自分たち外野が口出すことではないし、法務的な動きもあるだろうから憶測で何か言うのはここでは避けておきたい。

 そんな中、「オールドルーキー」の情報に関しては(ともすればやや批判的な文脈で)解禁前から取り沙汰されており、連続ドラマというだけで楽しみは高まるばかりだったのだが、題材が「引退したサッカー選手」と聞いて言葉を選ばずに言うならドチャクソぶち上がった。別の記事でも何度か触れているように自分は20年来のサッカーオタクで、「ドイツでサッカー見たいのでドイツ語勉強します」と大学の専攻を決めたような人間である。好きなものと好きなものがこんなぶつかり方するなんて! とテンションが上がった。実際なかなかないと思う。

「オールドルーキー」はそういうわけで、長年のサッカーオタク的には全開でエモいドラマだった。もちろん「突然チームがなくなることはないよ!!!!」とか細かい点はさておき、Jリーグのいろんなチームが実名で登場することに加え、関東近郊の様々なチームの練習場やスタジアムがロケ地として使われ、往年の名選手がプレーヤーとして出演し、何より新町亮太郎のキャリアや立ち姿にいろんな選手を思い出した。引退とその姿にはもちろん監修としてクレジットされていた大久保嘉人を思い出したし、代表戦での値千金のボレーシュートにはアジアカップの李忠成を思い出した。新町のみならず、ブンデスリーガの第一線を走る矢崎と往年の香川真司の勢いはかぶるところがあるし、選手としては長谷部誠の方が近いかなあとか色んなことを考えた。考えてたらカレン・ロバート氏が本当に出演して面食らったりした。フェンロにいた頃に彼のブログ読んでいたなあ。

 スポーツマネジメントの話なのでもちろん他の競技者もたくさん登場した。そこで語られる普遍的なメンタルの持ちよう、生き方にも通じるようなあり方の話は、翌日からの月曜日をどう振る舞うか、という社会人(場合によっては学生)へのエールにもなっていた。結局スポーツを見るとはこういうことなのだ、生きている姿から刺激をもらって自分はどうするかを問い続ける営みなのだ、と初心に帰った気持ちで見ることができた。非常に学びが大きかったように思う。

 プロスポーツとエンターテイメントは似ている。というかほぼ同じフィールドと言っていい。映画を見るか、試合を見るか。どちらも同じくらいの価格帯で同じくらいの金額設定がされており、どちらも好きな私みたいなのもいるが、どちらを選ぶかはまあ人それぞれだろう。さらに共通していることは、それらを提供する人間のプロフェッショナルな技量、それへのリスペクトだと言える。


 今年に入ってからの色々で最も自分が消耗したのは、実在するプロフェッショナルたちへの敬意を欠いた振る舞いの全てに対してだった。何も崇拝しろと言っているのではない。ただその人の仕事を適切に受け取り、仕事に対する良し悪しを見るということはそんなに難しいことだろうか? 受け入れられないのも好き嫌いも勝手にしたらいいとは思うのだが、その大多数の向き合い方や過程に対してかなり思うところがあった。何もネガティヴな言葉に対してのみならず、ポジティヴに見える言葉に対しても「生身の人間をそんな褒め方する?(褒め言葉だと思ってる?)」となって非常に非常に消耗した。単純に自分のスタンスの問題だが、はっきりと相容れないと思ったし、それは褒めていても、プラスの感情であっても敬意がない、生身の人間をもっと大事にしてくれ……と思ったわけだが、そういう自分の感覚と作品の方針が合致していたので、そこが非常に大きかったように思う。


 全てのアスリートにリスペクトを。


 結果を出すか出さないかではなく、人として当然のリスペクトを。

 それは確かに従来のスポーツビジネスに欠けていた視座だろうし、穿った見方をすれば芸能やエンタメの領域においても不足しがちな部分なのかもしれない。売れたら何をしてもいい、人気があればよし、オーディションに受かれば勝ち。よくなんでもランキングにされるが、ああいうものはあくまでオプションの一つに過ぎないのに、全てがそうした序列の中でどのあたりの立ち位置にいるかを前提とするようになっている。少なくともちゃんと好きで触れ続けているなら序列を必要以上に賛美すべきではない。

 リスペクトはそれらに先行するものであるべきだ。作品全話を通して、それが一貫して描かれていたのが良かった。登場人物一人一人のちょっとずつ違った価値観が、その根底的な方針に裏打ちされて貫かれているのが物語として誠意があったと思う。ノリと勢いで整合性が死んでいる作品なんてごまんとあるのに、その部分をぶらさないだけでこんなにストレスなく見られるのか〜という学びもあった。連続ドラマとしてシンプルに質が良かった。さすが福田靖脚本。「救命病棟24時」の頃から文字通り自分も尊敬している。


 また、今作は女性陣の描き方がいずれも非常に良かった。元より男性陣が可愛らしかったというのはあるが、「男性のメンタリングに使われる女性」というより、「主体的で聡明な女性たちが自分の大事な人を大事にしている」という描き方だったので、女性陣みんな好きだった。自分がしょっちゅうTwitterで真崎と深沢(岡崎さんと芳根さん)に狂っていたように、仕事を媒介にして結びついた同僚間の間柄の誠意がありながらも立場の板挟みになる描写が良かったし、糸山姉妹の仲の良さも、幼いながらに新町姉妹の仲の良さも、変な型にはまった描写がなされてなくて素敵な人物造形だなあと思った。あと視聴者はみんな果奈子さんのことを好きになってしまうと思う。自分の持てる武器を全て使って家族を支える母にして、他ならぬ新町のパートナーとしてあまりに出来過ぎていた。俳優陣自身の魅力と演出が素敵に合致していた。素晴らしかったと思う。

 作品全体通して特に印象に残った回は新町の引退試合。大久保嘉人さんの情熱大陸を思い出して死ぬほど泣いた。TBSさん、あれはパッケージ化すべきです。何ならオールドルーキーの円盤にリスペクト元として収録すべきです。

 それから福山翔大くんの演じる車いすテニス選手。熱演にめちゃめちゃ泣かされました。本当にいい俳優さんだなあ。今後の出演作も気になるばかりです。

 最後に忘れてはいけないKing Gnuの主題歌。少なくとも主題歌がこの曲で本当に良かったし、この曲でしか表現し得ない世界があった。一見ネガティブな雨がもたせてくれる考慮の時間と空間。雨に濡れながら帰っても次への展望や希望がある。

 諸事情あって8月は音楽番組をたくさん見ていたのですが、Gnuをたくさん見る機会があって良かったです。常田さんコロナから復帰してくれて一安心。


 最終話の新町はずっと泣いていて、その涙があまりに本物だから引きずられて自分も泣いていました。綾野剛の流す涙はいつでも本物なんだよなあ。堪えきれなくて落とす涙が人の心を打つ。

 現場のあったかくてリスペクトフルな雰囲気はSNSから感じ取っていました。ずっとコメント欄を閉じさせてしまってごめん。これは本当に、関係ないことをガンガン面白がってリプで送ってくる一部の品位のない人間のせいだと思うし、見るたびに心が痛かった。

 心ない人間はどこにだっているけど、作品完走していかに製作陣がリスペクトフルにこの作品を作ったかは感じ取りました。この時期にこの作品に出会えて幸せでした。そしてその仕事をぶりを存分に見せつけてくれてありがとう綾野さん。綾野剛の仕事ぶりをリアルタイムで見られることを幸せに思います。

 

 現実のヨーロッパはシーズンが開幕したばかり。矢崎と井垣のフラn……ラインハルト編も楽しみにしています! 続編を期待してしまいます! みんな最高だったので!!!

(ラインハルトってぜったいEintrachtから来てるよな)

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