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はいチーズの謎

写真を撮る時に笑顔で映るように「はい、チーズ」と言う、という決まり文句というか定型の行動がある。

これは元をたどれば英語で "Say, Cheese" のをそのまま和訳したものだったと思う。ま、写真機自体欧米からの舶来品であることだし、それにともなって写真を撮る時の決まり文句も輸入されても不思議ではない。

ただ、これは近代の撮影に時間がかかったものではなく、Say, Cheeseと言った途端に撮れる、かつ決まり文句が欧米(というかほぼアメリカ)の一般人に普及した後に日本に輸入されたものだろうとは思う。ま、それはいいとして。

ここで一つ不思議なことがある。英語ではチーズは [tʃíːz] と発音する。最後が "z" だから、[tʃíː] で横に広がった口の形がそのまま維持されて、笑顔で写真が撮れるのだ。

ところが、日本語でチーズは、言ってみれば [tʃíːzu] と発音する(ことになっている)。最後が [zu] なので、せっかく [tʃíː] で横に広がった口の形が、言い終わる時には「ウ」の形になっている。つまりくちびるがすぼまった形になっている。これでは笑顔では写真は撮れない。

しかしながら、「はい、チーズ」は人口に膾炙し、それによって写真撮影に不便があったということもとんと聞かない。

であるならば、何が起きたかと言えば、日本人が「ズ」を [zu] と発音しなかったということだろう。つまり、「はい、チーズ」は「はい、チーz」になったわけだ。

こういった、母音の脱落は珍しいことではなく、たとえば有名な奴だと「ふくすけくつした」の「す」と「し」は [su] と [ʃi] ではなく [s] と [ʃ] と発音されている、というような具合に。

我々日本語を母語とするものは、特に言語や発音に興味のある人間でない限り(そう、私のように)これに気づかないし、むしろお互いに日々母音が無い方の発音をしているので、むしろ母音をつけて発音すると妙に強調された不自然な感じを受けたりするほどだ。

言葉は日々変化し、数十年から百年も経てば、発音がだいぶ変化していることは珍しいことではない。教科書的には正しいとされているものが、実際に人々の間でそのように使われていないこともある。「正しい日本語」のようのなものは、(現時点においては)という但し書きが付く。今正しいものが未来永劫正しいとは限らない。むしろ、変化しない言語は死んだ言語なのだ。

ところで、英語では "Say, cheese" だが、ドイツでそれをドイツ語に訳した "Ja, Käse" と言うかというと、言わない。「ヤー、ケーゼ」って言ってみたいんだけどな~。


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