肥後の走り屋たち ACT.プロローグ 加藤虎美

肥後の走り屋たち ACT.プロローグ 加藤虎美

 読んでいただくための注意事項

 本作品はフィクションです。
 作品の出来事や登場人物は存在しません。
 公道での自動車レースを取り扱っていますが、実際にはその行為は違法なので絶対に真似しないでください。
 実際に運転される際は、シートベルトを締めて交通ルールを守り、安全運転でお願いします。

 2000年に時の政府によって、交通網の発達で必要のなくなった全国の峠が廃道になった我々の国。

 3年後に若者のクルマ離れ対策のためにさらなる改革を行われた。

 自動車免許の取得できる年齢を18歳から16歳への引き下げ、車検に払う税金の大きく減らし、制度や改造規制の大幅な緩和を行われた。

 これらは功を奏し、若者のクルマ離れを解消することに成功したのだった。

 老若男女問わずクルマを愛する世の中になった現在は「自動車天国時代」と呼ばれている。

 2015年夏の群馬県の某ホテル。
 うちら自動車部の応援についてきた高校の生徒会長・菊池鯛乃(きくち・たいの)が大きく口を開く。

「待ちに待った閻魔大王杯の日がやってきたばい。警戒すべき走り屋の名前ば挙げる」

(標準語訳:待ちに待った閻魔大王杯の日がやってきた。警戒すべき走り屋の名前を挙げる)

 最初の名前を言う。

「まずは赤・白・黒の派手なカラーの180SXに乗る大崎翔子ばい。年齢はあんたらと変わらんばってん、赤城最速であると同時に榛名最速と妙義最速まで破った事実上の群馬最速や」

(標準語訳:まずは赤・白・黒の派手なカラーの180SXに乗る大崎翔子だ。年齢はあんたらと変わらないけど、赤城最速であると同時に榛名最速と妙義最速まで破った事実上の群馬最速だ)

 次の名前を言う。

「次は青緑・黒・赤の派手なS15型シルビアに乗る広島の谷輝。今大会の優勝候補で、大崎翔子ば破ったこつばあるし、先代の赤城最速の雨原芽来夜のライバルと言われとる。説明できんほどの速さば持つ。愛知出身で特急みたかなカラーリングのNA8C型ロードスターに乗る祭里透子にも警戒して欲しか。クルマは非力ばってん、コーナリングは東海一と言われとる。それだけやなく、ドリフト(※)技をコピーする技ば持っとる。特に加藤、警戒して欲しか」

(標準語:次は青緑・黒・赤の派手なS15型シルビアに乗る広島の谷輝。今大会の優勝候補で、大崎翔子を破ったことをあるし、先代の赤城最速の雨原芽来夜のライバルと言われている。説明できないほどの速さを持つ。愛知出身で特急みたいなカラーリングのNA8C型ロードスターに乗る祭里透子にも警戒して欲しい。クルマは非力だけど、コーナリングは東海一と言われている。それだけではなく、ドリフト技をコピーする技を持っている。特に加藤、警戒して欲しい)

 ※ドリフト……タイヤを横滑りさせて走行させること

 最後の名前を言う。

「最後は弱か自分たい。それに負けたら調子が出んようになる。相手以上に自分に勝って欲しか」

(標準語訳:最後は弱い自分だ。それに負けたら調子が出ないようになる。相手以上に自分に勝って欲しい)

「よし、どぎゃん奴もかかって欲しか!」

(標準語訳:よし、どんな奴もかかって欲しい!)

 うちは張り切った。

「相手は全国から来ているから甘くないわよ」

 うちの友人で自動車部の飯田覚(いいだ・さとり)、通称・飯田ちゃんが言う。

「わしら優勝できるんやろうか……」

(標準語訳:わしら優勝できるのだろうか……)

 うちのもう1人の友人で自動車部の森本ひさ子(もりもと・-こ)、通称・ひさちゃんが結果に不安視していた。

「大丈夫たい。うちがおるから」

(標準語訳:大丈夫だよ、うちがいるから)

 そんなひさちゃんを安心させようとする。

 この話はうち、加藤虎美(かとう・とらみ)が閻魔大王杯と呼ばれるレースに参加するまでのお話だ。

 話は1年前の2014年8月1日にさかのぼる。
 パソコンで自動車の草レースの動画を見ていた。
 改造された赤いKP510型ダットサン・ブルーバードの走行する姿が写っていた。
 そのクルマがゴールする。

「ヨタツさん、むしゃんよか!」

(標準語訳:ヨタツさん、かっこいい!)

 ヨタツさんこと五島ヨタツ(いつしま・-)はうちの憧れの女性だ。
 いつかは彼女みたいなドライバーになり、クルマを運転したいと思っている。

 うちの部屋にお母ちゃんの声が聞こえてくる。

「虎美、ご飯たーい」

(標準語訳:虎美、ご飯よー!)

「今行くばーい」

(標準語訳:今行くよー!)

 リビングへ向かうと、テーブルには今日はいつもより豪華なご馳走が並んでいた。
 肥後名物赤牛に、熊本ラーメンだ。

 うちをはじめとする家族5人が席に着く。
 構成は両親・妹・弟だ。

 お母ちゃんは糸(いと)と言い、うちに似て美人な人であり、2人で並ぶと姉妹に間違えられるほどだ。
 お父ちゃんは信忠(のぶただ)と言い、熊本のローカルタレントをやっている。肩まで伸びる髪に顔立ちの整ったイケメンで、うちとは恋人同士と間違えられたことがある。

 妹は虎代(とらうお)と言い、弟は虎太郎(こたろう)と言う。
 どちらも中学生だ。
 前者の方は三つ編みにメガネを掛けている。

 お母ちゃんが口を開く。

「遅くなったばってん、今日のご飯は虎美の誕生日と運転免許取得記念やけん、豪華にしてみました」

(標準語訳:遅くなったけど、今日のご飯は虎美の誕生日と運転免許取得記念だから、豪華にしてみました)

 実は先週7月25日に16回目の誕生日を迎え、さらには運転免許まで取得した。
 冒頭でも言っているが、この世界ではその年から取ることができる。

 ちなみに仮免のほうは15歳9ヶ月から取ることができる。
 自動車学校へ行き続け、苦労の末にようやく手に入れることができた。

「お母ちゃんだんだん」

(標準語訳:お母ちゃんありがとう)

「これが誕生日プレゼントたい。夏でも履くほどカラータイツが好きやから、沢山買ってきたばい」

(標準語訳:これが誕生日プレゼントよ。夏でも履くほどカラータイツが好きだから、沢山買ってきたよ)

「お父ちゃんからも用意しとる。すごかもんたい」

(標準語訳:お父ちゃんからも用意している。すごい物だよ)

「気になるばい」

(標準語訳:気になるよ)

「ご飯食べ終わったあとのお楽しみたい。外に用意しとる」

(標準語訳:ご飯食べ終わったあとのお楽しみだよ。外に用意している)

 どんな物がプレゼントだろうか。
 そのことで心を踊らせながら、赤牛と熊本ラーメンを食べた。

 約束通り家族全員で外へ出ると、カバーを掛けられた大きな物体があった。
 父ちゃんがめくる。
 正体を見た途端、うちの心が高鳴った。

 スーパーカーを彷彿させるデザインの黒いクーペだった。

「お父ちゃんからプレゼントはクルマばい。虎美が好きそうなスポーツカーば買ってきたばい」

(標準語訳:お父ちゃんからプレゼントはクルマだよ。虎美が好きそうなスポーツカーを買ってきた)

「これって三菱のGTOの前期型ばい……。レースゲームで何度か操縦したこつのあるクルマばい、むしゃんよか」

(標準語訳:これって三菱のGTOの前期型だよ……。レースゲームで何度か操縦したことのあるクルマだ、かっこいい)

 GTOは三菱自動車のスポーツカーで、名前の由来は「グラン・ツーリスモ・オモロガート」だ。
「グレート・ティーチャー・オニヅカ」ではない。

 しかもそのGTO、ヘッドライトは固定化され、エアロクラフトKAZE製のボディキットとGTウイングを着けており、両サイドには黄色いストライブバイナルが貼ってあった。
 前のオーナーによってチューンされたと思われる。

「お父ちゃん、だんだん。16年生きてきた中で、最高のプレゼントばい」

(標準語訳:お父ちゃん、ありがとう。16年生きてきた中、最高のプレゼントだよ」

「お姉ちゃんよかな……おるにもクルマ欲しか」

(標準語訳:お姉ちゃんいいな……俺にもクルマ欲しい)

「まだ中学生やから早か」

(標準語訳:まだ中学生やから早い)

 虎太郎よ、あと3年経ったらクルマを運転できる。

「今日はもう夜やけん、虎美の運転は明日にすっばい。運転にはお父ちゃんがつくばい」

(標準語訳:今日はもう夜だから、虎美の運転は明日にするばい。運転にはお父ちゃんがつくよ)

 夜だと暗くて他のクルマが見えづらい。
 初心者のうちには危険だ。

 GTOのオーナーとなったうちにお母ちゃんからある約束をされる。

「虎美、事故にはきーつけち行かにゃんばぃた事故ったらせっかくの16年の人生が台無しになるけん」

(標準語訳:虎美、事故には気を付けてね。事故ったらせっかくの16年の人生が台無しになるから)

「気いば付けるばい」

(標準語訳:気を付けるよ)

 そして翌朝の8月2日の9時。
 今日はお父ちゃんとGTOで初めてドライブに向かう。

 うちの服装は、上は緑のTシャツに灰色のジャケットを羽織り、下には同色のホットパンツにマスタードのカラータイツを履いている。

 クルマの前後には若葉マーク(免許を取って1年経っていない人が付けるマーク)を付けた。
 これならドライブは安心だ。

「行くばぁい、GTO!!」

(標準語訳:行くよ、GTO!!))

 ボンネットの中にある6G72ターボのV6エンジンを穏やかに起動させる。
 家を出て、クルマを走らせていく。

 うちら親子は阿蘇神社や熊本城を巡った。
 それらを終えて11時になると、オケラ山の下のミルクロードを通って家に帰ることにした。

 途中、1台のクルマがGTOの後ろを走ってくる。
 色は水色、車種はトヨタのAE101型カローラレビンだ。
 ボンネットはカーボンとなっており、ロケットダンサー製のエアロも身につけていた。

 その存在にお父ちゃんは気づいた。

「虎美、後ろからクルマが来とる。道ば譲ればよか」

(標準語訳:虎美、後ろからクルマが来ている。道を譲った方がいい)

 後ろのAE101はパッシングをしてくる。
 うちはそれを眺めた。

「お父ちゃん、相手はパッシングしとるばい。バトルを申し込んどる合図たい」

(標準語訳:お父ちゃん、相手はパッシングしているよ。バトルを申し込んどる合図だ」)

「ばってん、こんクルマは若葉マークば貼っとるクルマじゃあ……」

(標準語訳:けど、このクルマは若葉マークを貼っとるクルマじゃあ……)

「こんGTOが走り屋みたかなクルマやけん、パッシングされたんばい。売られるんなら、買わないかんばい!」

(標準語訳:このGTOが走り屋みたいなクルマだから、パッシングされたんだよ。売られるなら、買わなといけない!)

 こうして謎のAE101とのバトルが始まった。

 そのクルマにはオーラを出している。
 色は水色と緑だった。
 この意味は後で知るのだった。

加藤虎美(Z16A)

VS

謎の走り屋(AE101)

コース:オケラ山ミルクロード

 うちはカラータイツに包まれた黄色い脚で、アクセルを床まで踏みこむ。
 6G72ターボは大きく唸りをあげ、400馬力を越えるパワーでAE101を離していく。

「うわああああああああああ」

 GTOが加速しだすと、お父ちゃんは怯え始めた。

「パワーはあるようだね、前のGTO」

 AE101のドライバーはうちのGTOを見て、そう呟いた。
 その人は女性だった。

 2つのヘアピンがやってくる。
 1つ目は左だ。
 それが迫ると、黄色い左足でフットブレーキを踏み、左手でサイドブレーキを引く。

「レースゲームで良く使っとったドリフト、行くばい!」

(標準語訳:レースゲームで良く使っとったドリフト、行くばい!)

 GTOはスライドしだす。
 しかし、うちの運転が未熟だったのか、クルマは外側にゆっくり膨らんでいく。

 一方のAE101はFF(※)でありながら、ヘアピンの内側を華麗なドリフトでクリアする。

 ※フロントエンジン・フロントドライブの略。前輪駆動ともいう。

「うわあああああああ! 怖か、怖かあああああああ!!」

(標準語訳:うわあああああああ! 怖い、怖いいいいいいいい!!」)

「くそ、失敗したか……」

 AE101との差が縮まる。

 2つ目のヘアピンが迫ってくる。
 右だ。
 ここも同じ走りで攻めるも、外側に膨らんで、ガードレールに接触しそうになる。

「事故る事故る! 事故るばい!」

(標準語訳:事故る事故る! 事故るよ!)

「また失敗したか……」

 うちとは対照的にAE101はここもFドリ(※)で内側を攻めていく。
 コーナーが速い相手は距離を縮め、GTOとの差はテール・トゥ・ノーズ(※)となった。

 ※Fドリ……FF車でドリフトすること

 ※テール・トゥ・ノーズ……前のクルマと後ろのクルマの差が接触寸前になること。

 しかしこの後は緩いS字区間があるとはいえ、高速区間だ。
 パワー差で相手を少しづつ引き離していく。

 ここを終えると、曲線が来る。
 左中速ヘアピンだ。
 
「またドリフトで攻めるばい!」

(標準語訳:またドリフトで攻めるよ!)

「もうドリフトはこりごりばい!」

(標準語訳:もうドリフトはこりごりだよ!)

 うちのドリフトを体験したお父ちゃんは泣きそうな顔をしていた。
 残念ながら、この走りで攻める。
 しかし、ここもコースの外に出そうな程ガードレール内側へ膨らむ。

 後ろのAE101はその光景を見ながら。

「さーて、下手くそには速いドリフトをどういう物なのか、見せてやろうか」

 と言い放ち、透明なオーラを大きく纏った。
 タキオン粒子で出来たそれをクルマ全体に身につける。

 AE101の速度は上がり、スライドの体制に入っていく。

 この後、後ろからとんでもない光景を見る。

「<コンパクト・メテオ>!」

 オーラの力で物凄く速いドリフトでヘアピンで攻める!
 限界を超えた速度だった。
 
「チェストチェストチェストチェストチェストチェストチェストチェストチェストチェスト、チェストォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

 見たことのない速さの走りでGTOに接近していく。

「速か、さっきのAE101の走り!」

(標準語訳:速い、さっきのAE101の走り!)

 ヨタツさんの走りでも見たことあるものの、何度かとんでもない速さの走りをするクルマは何度か見たことある。
 免許を取ってすぐ、肉眼でそれに遭遇してしまうとはありえない。
 オーラはその目でしか見えなかった。

 左中速ヘアピンを抜けてすぐ、S字が来る。
 そこでAE101はGTOを追い抜く。

「お先に失礼」

 AE101のドライバーは後ろのうちのGTOを眺め、そう呟いた。

「ノロマ……」

 さらにうちのある部分を見る。
 彼女はGTOから湧き出る透明のオーラを眺めていた。

「オーラが出ているのにそれを使いこなせなかったのかな。本当にノロマだよ」

 うちから出るオーラとは一体!?
 この真相を知るのは、後の話だ。

 しばらく走ると、AE101の姿が見えなくなる。
 全開で踏んでいたアクセルを緩めた。

結果:AE101の走り屋の勝ち

「怖かったとよ……虎美」

(標準語訳:怖かったよ……虎美)

 うちの全開走行を間近で見たお父ちゃんは失神寸前だった。

「あんAE101、うちの走りでは追い付けんかった。そもそも、さっき披露した速かドリフト、気になるばい……」

(標準語訳:あのAE101、うちの走りでは追い付けんかった。そもそも、さっき披露した速いドリフト、気になるよ……)

 とても速く、追いつけなかった。
 あのAE101との戦いは、後のうちの運命を大きく変えることになる。

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