元旦の実家。久しぶりに姉家族も揃って10人で囲む正月の夕食。

といっても実家のダイニングテーブルは6人で囲むのが限界で、リビングの低いテーブルも使って10人が入り乱れる。ダイニングテーブルのホットプレートでは柿安の焼き肉、リビングの低いテーブルではスシローのテイクアウト寿司、キッチンカウンターには母のベスト盤おせち。ベスト盤というのは決して手抜きではなく、おせちの中でも人気があるもの（簡単に作れるもの？）だけを厳選し、お重に余白を活かした詰め方をされた状態を言う。「余白を活かした」なんて新年早々我ながら母思いの良い表現だと思う。ダイニング・リビング・カウンターの三会場を順繰りにまわるビュッフェスタイルのおせちで空腹を満たした。

夕食の準備ができるまで、中２の甥っ子がピアノを披露してくれた。通っている中学校では校歌の伴奏を担当しているらしく、腕前はなかなかのものだ。いや、そこそこかもしれない。一度も聴いたことがない中学校の校歌は「いかにも校歌」といった曲調で、知らないのに歌えてしまえそうだった。その後に弾いてくれた嵐のナントカという有名な曲はキャチーで良かった。

そのとき、姉と昔よく聴いた音楽の話になった。ボクと姉とは３歳違い、小学生の頃から姉が聴いている曲を自然と聴いていた。

記憶の時間軸が曖昧な中、姉がよく聴いていたブライアン・アダムスの話や姉が友達に誘われて行ったエルビス・コステロのアコースティックライブの話、数年前に行ったというスピッツのライブの話に盛り上がった。「姉ちゃんの影響でいろんな曲を聴いたけど、一番記憶に残ってるのは大滝詠一かな。」というボクの一言から当時のいきさつを初めて聞かせてもらうことになった。

当時は1982年、姉は小６で12歳、ボクは小３で9歳。ボクはガンプラを作りながらJ-POPを聴くのが好きだった。毎週土曜日にFMラジオでやっていた「コーセー歌謡ベストテン」を毎週聴いた。ラジカセのRECボタンと再生ボタンを同時押ししてマッチのギンギラギンにさりげなくや中森明菜のスローモーションを録音して聴いたものだった。

そんな頃、姉がかけていた爽やかな歌声とメロディーが大滝詠一の名アルバム「A LONG VACATION（1981）」だった。アルバムの中でも「恋するカレン」「君は天然色」「さらばシベリア鉄道」「FUN ✕ 4」が特に好きで、カセットテープの頭出し機能がないラジカセの３ケタのカウンターを頼りに何度も何度も繰り返し聴いた。

時は1982年、田舎町の小学生だった姉がどうやって大滝詠一と出会ったのか。FMラジオでベストテンを毎週チェックしていても大滝詠一の曲がランクインした記憶はなかった。今思えば「歌謡曲」のカテゴリーに入っていなかったのかもしれない。

2022年元旦の食卓でその謎が解明された。

姉が小６のときにテレビかラジオでたまたま聴いて好きになった曲があったという。それは河島英五の代表曲「酒と泪と男と女（1975）」。小６のくせに随分渋いセンスをしていたんだなと驚く。そのことを学校で課外クラブの顧問をしていたH先生に話したところ、H先生のツボにずっぽしハマってしまったらしい。その姉の話に先生はずいぶん喜んだらしく、酒と泪と〜が入ったアルバムをテープに録音し、後日姉にプレゼントしてくれたという。

さらに、H先生は気を利かせてそのテープの空き部分に別のアーティストのアルバムを入れてくれていたそうだ。それが大滝詠一のアルバムだった。

アルバム２枚分を１本のテープに入れてくれたということは、46分テープではなく、60分〜74分テープのA面・B面にそれぞれ録音してくれたのではないだろうか。だとするとH先生は、姉が聴きたがった河島英五だけじゃなく、大滝詠一もどうしても聴かせたかった、おすすめしたかったんじゃないだろうかと推察する。そんなふうに、先生がカセットテープのB面に入れてくれたアルバムを姉が家で聴き、子供部屋がひとつしかなくて姉と一緒だったおかげでボクが聴くようになった。

そんな経緯を40年の時を経て知り、最近は大滝詠一をリピートしている。カセットテープではなくCDでもなく、配信サービスで。

姉にカセットテープをくれたH先生は、当時ボクのクラスの担任だった。小学校を卒業して以来お会いしていないがお元気だろうか。人権教育に熱心で帰りの会では毎日ギターを掻き鳴らしてお決まりの歌「ひとりの手」を歌わされた。誰の曲なのかは知らないし、自分のクラスだけこれを歌わされるのがただただ苦痛だった。

「H先生って、すごく良い先生だったよね。」
「そうそう、アツい先生だった。」
「そうだね、ちょっとアツすぎたよね…。」
「生え際が危なかったよね。」
「そうだね、もう完全にハ◯てるかもね。」

H先生、お元気ですか。40年前、先生がくれたテープのB面で恋をしましたよ。