見出し画像

餅つきの隣で象牙を砕く正月

マンションの8階の部屋にいる。あぐらをかいてりんりんりりんりんりんりりりんと、明日は卒業式だからと、歌っている。ちょっと前に思いつきでこさえた二重窓の向こうに朝焼けがぼぉっと浮かんでくるので「雲がたなびくだろうなぁ」と思っていたら、本当に雲がたなびいてきた。雲めっさたなびいていたので、私はテレビのリモコンの2のところをもう一心不乱にこするしかない。2が見えなくなるまで。残念なことに人差し指の皮のほうが先にめくれてきて、無力さを感じる。「無力であるなぁ」とつぶやくと、本当に無力な気がしてきたので、あわてて「有力だなぁ」と口に出すもしらじらしく挽回できている感じがしない。節をつけて「ゆっうりょっくだぁなっ」とやり直すも、依然、無力感にさいなまれる。「私は有力者である」と腕を組むと、ちょっといい感じだったので「私はりんご園を2つと、七五三の時期だけ写真館、それに屠殺場3つを経営する有力者である」と話を盛るも、事業に一貫性がなくいまにもダメになりそうなうえ、そもそも経営者ではないことを自覚してしまい、うんざりしてタバコをぷかりと吹かすも事態は好転せず、冷蔵庫を開けて、らっきょを取り出した。

たなびきまくる雲を威嚇してやろうかと外に目をやると同僚のホンダユウイチが宙に浮いている。なにやら口をパクパクしてこちらに訴えかけているものの、二重窓の防音性能はすさまじく、何も聞こえない。何も聞かせてくれない。仕方なくタバコを揉み消して窓を開けると、ホンダは目を血走らせながら「絵区さん絵区さん」と呼びかけている。「なんだホンダ」と答えると「レーシックしたんですよ自分! レーシック! 分かります? 角膜をあれ、薄皮のあれ」と言うので、なんだそんなことかと思って窓を閉めようかとも考えたが、眼球の膜を剥がすなんてきっとホンダとしては一大決心だったのかもしれんと思い「手術が成功してよかったな」と返した。

ホンダは「では! また! 絵区さん体に気をつけて」と満足そうに笑いながらふわ〜っと高度を上げていくので、あわててベランダに出て足首をムンと掴んだ。私も浮くのかしら、そうなればハッピーよね。決死のメリーポピンズよね。人類の叡智よね。鳥になりたいよねなりたなりたと期待したのだが、ホンダの足がぐにょーんと伸びるだけで一向に浮かない。ホンダは「絵区さん絵区さん! ちょっと伸びるから! 離してください! 伸び、伸びきるから、伸びきるってこわ! こわ!」と手をばたつかせるも、私にとってはそのさまが非常に最上に愉快で、笑いながら「絶対に離すもんか! 離すもんか!」って、ささやかなえなりかずきのモノマネを織り交ぜながらちょっと毛の生えた足首を握りしめるとぐにょ、ぐにょー、ぐにょーんって、えらく伸びる。
ホンダの声が聞こえなくなった。脚はジャックと豆の木みたいに伸びて、雲を突き破りそうなくらいの高度になった。私はなんだかすっかりおもしろくなくなって足首から手を離そうとしたのだが、せっかくなので今晩はホンダの足首と酒でも飲もうかと思い、引き出しから麻縄を取り出して手すりに固定し、らっきょを冷蔵庫にしまって、酒を買いに外に出ることにしたのである。

#シュルレアリスム #小説 #シュルレアリスム小説 #シュルレアリスム作家 #シュルレアリスム小説家 #ライター #文学 #詩

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?