七日目屋

週の七日目くらい、したいことをしてみたい。

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マガジン

  • カポエラスイッチ

    カポエラ教室を廃業して無職の俺、手嶋マキオは、娘と行った市民プールの帰り道に、海外出張中の妻カナエが乗る飛行機がハイジャックされたことをニュースで知った。勤め先と警察に妻の安否を尋ねたが、「そんな人物はいない」と言われる。藁にもすがる思いで、探し物専門の超能力を持つ知人を頼って、行きつけの飲み屋トグロマグマを訪れる。嵐の中、店に集まった常連客に次々と目覚める超能力を連携して、機上の妻を助けるプラン立てるのだがーー。 なぜ、ハイジャック犯は、「カポエラをオリンピック正式競技にすること」を要求したのか?

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カポエラスイッチ 第17話(最終話)

「エピローグ」  自宅マンションのソファで寝ていたらしい。  外は台風で大雨だ。  長く眠り過ぎたせいか、頭がぼうっとする。  少々記憶が混濁していた。  テレビボードに置いてあったはずの家族写真がなかった。娘の部屋をノックして入ると、書籍が山のように積まれた物置になっていた。家中のクローゼットを開けてみたが、女子高生どころか、人がいた痕跡もない。  どうやら俺は、3LDKのマンションで一人暮らしをしているようだ。  トグロマグマの店長が、俺の黒子に何かしたことは覚えている

    • カポエラスイッチ 第16話

      「スイッチ」  南シナ海のハイジャック事件から8年が経った。その後、事件は犯人が全員逮捕されて幕を閉じた。ハイジャックされた旅客機の燃料が切れるまで、政府はテロリストに対する強固な姿勢を崩さなかった。飛行機は海上に胴体着陸をしたが、奇跡的に死者はゼロだった。光る猫が安全な道を示して助けてくれたと、何十人も証言したことが話題となった。  それ以上に世の中を騒がせたのは、大手日系企業の社員がテロに加担したというセンセーショナルなニュースだ。日本人女性テロリスト逮捕が報じられると

      • カポエラスイッチ 第15話

        「カナエ」  本郷の窓の向こう側にあった電波の右腕が持って行かれてしまった。鋭利な断面からは、血液が噴き出し続けている。本郷は電波の体を押さえると、腋窩を指で圧迫して応急的に止血した。 「救急車呼んで!タオル持って来てください!」  俺と庵寺の頭は、状況に追いついていなかった。  機内から意識を戻した水耕が「痛ってぇっ!」と左脇腹を押さえ、椅子の上で目を覚ました。血まみれの床を目の当たりに、倒れている電波の側に膝を折って寄った。 「大丈夫、電波ちゃん!?ああ!腕がない!」

        • カポエラスイッチ 第14話

          「本当に、撃つのか」 「現在時刻は午後三時。あと三時間で飛行機の燃料が切れて、タイムリミットを迎える。すぐに始めよう」 「ぶっつけ本番だな」 「力を合わせて世界を救うんじゃ!」  皆が静かに見守る中、水耕が俺の手首を握った。一瞬の硬直の後、だらりと脱力してテーブルに伏した。彼の意識は南シナ海上空に飛んでいった。  続いて、本郷が両指で作った円を水耕に向けると、異次元空間の窓が開き、トグロマグマ店内と薄暗い機内がつながった。窓にはスラックスを履いた男性の脚が映った。座席に座っ

        カポエラスイッチ 第17話(最終話)

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        • カポエラスイッチ
          17本

        記事

          カポエラスイッチ 第13話

          「Netflixの見過ぎ」  店の入り口から風が吹き込み、広い肩幅のシルエットが現れた。 「お疲れさまっす。こんな日に昼間っから、揃い過ぎっすよ」 「本郷!お主を待ってたんじゃ!ほら、そこへ座れ!」  庵寺は、電波を箸でぞんざいに突いてどかすと、愛娘の隣の椅子を勧めた。電波は人差し指を庵寺に向け、 「次やったら撃つから」 と低い声で言った。庵寺が、ぷるるっと震えた。  本郷は頭を下げて席に座ると、「生二つ、おなしゃす」と店長にオーダーした。 「カポさん、今日雰囲気違うっすね

          カポエラスイッチ 第13話

          カポエラスイッチ 第12話

          「犯行声明」  今朝未明、ジャカルタで発生したインドネシア航空GA872便の航空機乗っ取り事件、いわゆるハイジャック事件の犯人グループがインターネット上で犯行声明を出しました。声明によりますと、今回の事件はISのメンバーによる犯行であり、現在アメリカ当局に収監中とされるスリジャヤナ・ホメニロ氏の釈放を含めた三つの要求をしているとのことです。ホメニロ氏はアフガニスタンの連続爆破テロの首謀者として国際指名手配されており、昨年八月に逮捕されました。現在は、公にはアフガニスタンの刑

          カポエラスイッチ 第12話

          カポエラスイッチ 第11話

          「電波砲」 「こんにちはー。あーもー、すごい雨ー。風もヤバいよー」  ボサボサの頭で電波が店の扉を開けた。強風で店内の気圧が一瞬上がり、耳の奥が詰まった。 「電波!こっちこっちじゃ!ほれ、JK、やれ!」 「え?え?なに?なに?」  訳も分からずに電波は手を引かれて、愛娘の前に連れて来られた。 「ちょっと庵寺さん。いきなりは可哀想だよ。電波ちゃん、いらっしゃい。これ使って」  店長から投げられたタオルを受け取ると、電波は水滴のついたメガネと濡れた髪を拭いた。 「ありがと。ホッ

          カポエラスイッチ 第11話

          カポエラスイッチ 第10話

          「能力、開花」  俺は唇の周りについたビールの泡を手の甲で拭い、空になったジョッキを置いた。 「それで、ママのことをどうやって助けるつもりだ?」 「みんなの力を合わせるのよ」 「水耕の占いと、庵寺の霊感だけでどうやって?」 「二人だけじゃないわ。みんなの力を合わせるのよ。私はね、眠っている力を目覚めさせることができるのよ」 「そんな馬鹿な話が」 「パパ、受け入れて。これが現実的な解決策よ。とても非現実的だけど。お爺ちゃん、ちょっとこっちに来て」  愛娘は、スキップして席を移

          カポエラスイッチ 第10話

          カポエラスイッチ 第09話

          「見えない、JK」 「深淵を覗く者もまた、深淵に覗かれているということじゃな」  庵寺がビールジョッキを持ち上げ、献杯と言った。水耕は俺のビールを奪って飲み干した。 「はあ?しょぼい霊感しか持ってない坊さんが、なんとなくで物を言ってんなよ。俺がどんだけ大変だったかも知りもせず。そんなんだから為替で大損するんだぜ」  水耕の罵りに、庵寺がジョッキをテーブルに叩きつけた。 「聞こえたぞ!」 「聞かせたんだよ!」 「カッチーン。それなら言わせてもらうが、探し物の方角だの適当なこと

          カポエラスイッチ 第09話

          カポエラスイッチ 第08話

          「超能力」 「いらっしゃい。カポさん一人?」  トグロマグマで、俺はカポと呼ばれている。カポエラ教室を経営していたからだ。  投げ渡されたタオルで、横殴りの雨でびしょ濡れになった頭と腕を拭いた。顔を拭くと、焼き物の香ばしい臭いした。 「いや、娘と一緒」  軒先で傘を丁寧に畳んで雫を落としている愛娘を見て、店長は顔をしかめた。行儀の良くない常連客が集う居酒屋に子供を連れてくるのは俺だって避けたかったが、家族の緊急事態だから仕方がない。 「カポさん、外で水耕さんと庵寺さんに会わ

          カポエラスイッチ 第08話

          カポエラスイッチ 第07話

          「三庵寺」  水耕の次に意気投合した飲み客は、寺で住職をしている通称「庵寺」だった。平成に入ってから、どこかの宗家から分派して都内某区にて開闢した新興仏教の生臭金満坊主だ。趣味はボート(競艇)とFX投資。 「人には、一生で三度だけ身を寄せる質素な家があれば十分幸せである」という教えから、彼は三庵寺と名付けた。 「その三度とは、人が産まれる時と、子供を作る時と、そして死ぬ時じゃよ」と、ある夜に庵寺が説諭した。  皆が感心して頷いた。うんうん、確かにそうだと、俺も一度は得心した

          カポエラスイッチ 第07話

          カポエラスイッチ 第06話

          「トグロマグマ」  トグロマグマは、最寄駅近い繁華街の隅を密かに灯す串焼き屋だ。深夜零時には火を落とすが、客が残っていれば帰るまで酒とケチな肴を提供してくれる。定休日は火曜。それ以外の日でも気紛れに店を閉じる。通い初めの頃は、予告なしの臨時休業に腹を立てて看板を蹴ったりもした。内装は東南アジア風の雰囲気で、流木を加工して壁の装飾に用いている。夕暮れのビーチを再現した薄明るい間接照明の暗さ加減がぼんやりと心地よく酔うのに丁度いい。カウンター四席と六人掛けテーブルが一卓。元々は

          カポエラスイッチ 第06話

          カポエラスイッチ 第05話

          「妻は、どこに?」  パリパリッと脳シナプスが短絡して、極小の電流が視床でスパークした。視界が一瞬真っ白になり、反射的にブレーキを踏む。がくんと揺れて、車は止まった。後ろのフォルクスワーゲンがクラクションを雑に鳴らして抜き去っていった。愛娘の声が遠くに聞こえる。 「ママの出張先がインドネシアだってことを忘れたの!?朝の便で成田空港に戻ってくるって言ってたのよ!」  そうだ。そうだよ、そうだった!一昨日から妻は、ジャカルタに出張していたじゃないか!勤めている会社のプロジェクト

          カポエラスイッチ 第05話

          カポエラスイッチ 第04話

          「ハイジャック」  プールを出たのは午前十一時五十分。台風は確実に関東に接近し、風雨は強まっていた。妻が現金一括で購入した軽自動車を停めてある駐車場まで、俺と愛娘は息を切らして走っていた。 「どうして傘を、持ってこなかったのかしら。パパは本当に、アレね」 「家を出た時は、まだ降って、いなかったし、二人とも、水着を、着てたから、濡れても、いいやと、思って、はあ、息が、はあ、苦しい」 「帰りは着替えるのだから、傘は必要よ。パパは本当に、アレなのね」  車に飛び乗ると、素早くドア

          カポエラスイッチ 第04話

          カポエラスイッチ 第03話

          「教室、廃業」  俺、手嶋マキオ(三十四歳)は、無職になる前は、赤羽でカポエラ教室を経営していた。「専業でカポエラ教室なんて食っていけないでしょ」と、色々な人から止められたが、女性や若者にも人気のフィットネスだったので、ビジネスとして悪い選択肢ではなく、むしろ最初の半年間は絶好調だった。  「なぜ、カポエラ?」と、よく聞かれる。教室を始めたきっかけは、十年に一度の閃きだ。ある夜、会社の飲み会帰りに上野恩賜公園を歩いていると、散り際の桜の下で、ブラジル人留学生が二人、カポエラ

          カポエラスイッチ 第03話

          カポエラスイッチ 第02話

          「愛娘とプール」  夕方、実家から電話があった。飼っていた猫が死んだ、と母が涙ぐみながら言った。十八年生きた猫だった。その夜中にはトルコリラが大暴落したというヘッドラインが流れ、さらに、深夜に中東でテロによる爆破事件が起こり、夜明け前には台風が進路を変え、東京を目掛けて北上し始めた。  いつもより世の中がやや不穏げなのは、もしかして、俺が黒子を取った影響だったりして。次々と耳に入るニュースに、俺の心は不謹慎にも躍った。「スイッチオン」と妻のカナエが、毎朝ワンプッシュしていた

          カポエラスイッチ 第02話