ぼや騒ぎとタイムスリップ①

ある夜、風呂から出てリビングにいると、どこか遠くの方で火災報知器のサイレンが聞こえた。

「どこか近所で火事?」

そう思いながら洗面所に行き、髪を乾かしていると、サイレンの音がもっと近くに聞こえ始めた。驚いて一度ドライヤーを消すと、マンションの廊下でサイレンが鳴っているのだった。

「あ、うち?!」

ドライヤーを片手に持った鏡のなかの自分と目が合う。そして、いま思うとなぜだろう、私はとりあえずドライヤーの続きをし、そのまま髪を乾かし終えた(絶対あかん)。

「ささささて逃げよう」

会社のPCが入ったバッグと、財布、スマホ、マスクを持って、部屋の鍵を閉めて、非常階段の扉を開けた。階下を覗き見ると、消防士や警察官、すでに避難したマンションの住民が、こちらの建物を見上げていた。夜に消防車の赤が映える。嘘みたいな非日常の光景だった。

どこが燃えているのかは外からは見えない程度の火事のようだったが、消火中とのことでとりあえず外で待機した。
他の建物の人たちも、騒ぎに気づいたのか建物の中からこちらを見ている。まさに対岸の火事なのであった。

外で待機している間、自分が咄嗟に考える貴重品ってこの会社のPCと財布とスマホだけなんだな、とぼんやり考える。

「最悪、これ以外は燃えてもいいのか」

昔だったらもっと色々迷っただろうな、と思うのだ。物に対する執着とか未練とかが、年々さっぱりとしていくのを感じていたが、やっぱりそうなんだなと気づいた。

30分くらい経って消火と安全確認が終わり、他の住民たちと列になって、非常階段からマンションに戻った。

「えー、火は消し止められましたが、しばらく電気は使えません」

消防士のそのアナウンスを背中で聞いて一瞬「え」と驚いたが、「でもまあ今日は寝るだけだから大丈夫だろう」と思い、部屋に戻った。

しかし、部屋の電気はついた。
何かの間違いかと思い、その日はいつも通り眠りについたのだった。

つづく

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