ぼや騒ぎとタイムスリップ③


「えっ」

思わず声が出ていた。電気が遮断された部屋は完全に無音である。隣かどこかの部屋から、ばちっばちっと仕切りにスイッチをつけたり消したりする音が虚しく聞こえた。

「おわった」

wifiなんて贅沢なことを言っている場合ではなくなった。とうとう電気まで失ってしまったのである。午前中に管理会社の人と話していたとき、頭の中でうっすら「今は電気が使えていても、これから使えなくなることもあるのか?」と思ったことが現実になってしまった。

しばらく呆然としていたが、はっと冷蔵庫のなかの買ったばかりの食料を思い出した。日が暮れ始めて薄暗いなか、スマホの充電を気にして、災害用に買っておいたランタンのような形をしたライトで照らしながら、泣く泣く冷蔵の食料を保冷剤を敷き詰めた保冷バッグに移した。

その作業も終わり、リビングに戻る。ライトを手元に置いて椅子に体育座りをした。それにしてもライトの光が弱すぎる。スマホの光線みたいなライトの方がよほど強い。

「今度ライト買い換えよう…」

無情にもどんどん日は暮れていく。考えている時間はない。スマホを手に取ると、ついに最終手段に出た。
 
「実家だ」
 
母に電話をかける。こうなってしまったらもう、避難するしかない。もちろんマンションの外の世界は平常運転であるから、ごはんも風呂も洗濯も何とかなるだろうが、いつ復旧するか分からない。お金もメンタルも削られることを考えたら、とっとと避難したほうが身のためである。

母に一連の事情を話し、今日のところはこのまま電気なし&wifiなしのサバイバルナイトを過ごし、明日そちらに避難するかもしれない旨を伝えた。母は「可哀想すぎて泣けてくるわ」と言った。全くその通りである。

「サバイバルナイトに向けて、買い物に行こう」

そう思い玄関で靴を履いていたところ、突如ぱっと電気がついた。電気が復旧したのである。母にもLINEで一応報告した。あと数分復旧が早ければ、無駄に心配をかけずに済んだのにと思った。

だがしかし、wifiとテレビは依然として接続できないままであった。シェアオフィスかモバイルwifiかの問題に戻り、やはり一日中wifiが使えないのであればモバイルwifiを借りた方がいいか、という結論に至った。

保冷バッグに詰めていた食材を冷蔵庫に戻し、リビングに戻る。昼間と同じ、テレビも動画も音楽もない無音の世界である。

「wifiを使わない娯楽…」

部屋を見回し、とりあえず本棚から漫画を取り出して読んでみたり、テレビは番組は観られないがつくことはつくので、しばらく観ていなかったDVDの映画をテレビに映して観たりして過ごした。

まるでyoutubeもradikoもサブスク音楽アプリも、というかスマホすらなかった子供時代にタイムスリップしたようであった。

「ネットがないってこんな感じだったか」

そんなこんなでタイムスリップ・ナイトを過ごしたのである。

翌朝、目が覚めてすぐにスマホを確認すると、wifiがつながっていた。無事現代に帰還できたようで安心したような、少し惜しいような感覚であった。

おわり

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