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【第7回JWCSラジオ リンク記事】タコと私の共通点

2月28日に配信されたJWCSラジオ《生きもの地球ツアー》の第七回放送、
『タコも痛みを感じるの?』

聞いていただけましたでしょうか。


 本記事は、第七回放送とのリンク記事です。まだお聞きになられていない方は、ぜひお聞きください。このブログでは、タコやロブスターなどの頭足類や甲殻類について、さらにお話ししていきたいと思います。頭足類(cephalopods)とはイカやタコなどの生物の総称、甲殻類(decapods)とはエビやカニなどの生物の総称です。

 これらの生物は我々ヒトと進化の早い段階で枝分かれしたため分類学的にはとても遠いですが(図1)、共通点がいくつもあります。その一つとして挙げられるのが、今回ラジオで取り上げた「痛覚」です。


図1

図1. 生物の進化系統樹([1], [2]を参考に作成)


 イギリス政府の委託を受け、甲殻類と頭足類の痛覚を含む感覚に関わる300以上もの先行研究をもとに、これらの生物の感覚の有無の可能性についての調査が行われました [3]。

 この研究内での「感覚」とは、

「痛み、喜び、飢え、渇き、暖かさ、喜び、快適さ、興奮などの感情を持つ能力」

と定義されており、また痛覚については、

「単に痛みを感じる能力ではなく、広く理解される痛み、苦痛、危害の感情」

としています。

 ヒトがこれらの生物の感覚の有無を調べるために、「痛いと感じるか」という問いかけたところで、応えてくれるわけではありません。ヒトとヒト以外の生物では、コミュニケーションシグナルやツールがそもそも違います。
そこでこの研究では、以下の8つの指標を用いて、これらの生物の痛覚の有無を総合的に評価しました[3]。

1) 侵害受容器(痛みなどの刺激の受容器)の有無
2) 統合された脳領域の有無
3) 侵害受容器と統合された脳領域のコネクション
4) 局所的な麻酔薬や鎮痛剤による応答反応
5) 報酬と脅威の間の動機のトレードオフ
6) 怪我や脅威に対する柔軟な自己防衛行動
7) 慣れと感作(繰り返しの刺激に対する反応が増大するプロセス)以上の連合学習(二つの独立した事象の関係の学習)
8) 怪我をした時に局所的な麻酔薬や鎮痛剤を欲しがる行動


 調査の結果、2021年11月に、特にタコ(Octopoda)、コウイカ(Sepiida)、カニ(Brachyura)、ロブスター(Astacidea)が痛みを感じる可能性が極めて高いと結論づけられました[3]。今回の調査で「痛覚がある可能性が高いとは言えない」と評価された種として、例えばオウムガイやエビなどがいますが、これは痛覚が無いという科学的証拠が多くあったわけではなく、痛覚があることを示す科学的証拠が欠如していたためでした[3]。

 このことから、これらの種の神経系や行動学的研究がこれからさらになされ、痛覚の有無について再評価されることとなったらば、その結果も変わってくるかもしれません。イギリス政府はその結果を受け、動物福祉の法案における適法範囲の拡大を認めました[4]。

 我々ヒトを含む脊椎動物は太い神経が通った脊椎を持ち、それらの神経が行き着く先は脳です。今回取り上げたタコなどの頭足類は無脊椎動物であり、神経系の構造は脊椎動物とは大きく異なります。しかし、タコは脊椎動物に負けないほどの多くのニューロンを持つことで有名です。そしてタコにも脳はありますが、身体中にも神経節(神経の集合)が点在し、腕には脳のニューロンの2倍ほどがあります。さらにそれに加え、触覚や味覚・嗅覚などの感覚器も身体中にあることから、腕で「感じ」・「考える」ことができると信じる研究者もいます[1]。

 まだまだこれらの生き物の認知能力や情動の有無など、実証研究が少なくわかっていないことも多いですが、動物福祉を語る上で、間違いなくホットな研究と言えるかと思います。


 またタコには嘴もあり、この嘴が唯一の「硬い」部位です。なので、捕まえた後に釣りなどでタコを捕まえ網などに入れる際には、この嘴のサイズよりも小さい網目の網に入れる必要があるそうです[1]。
ただ、ヒトがタコに噛まれる以下のような事件などがあるように、頑丈でない網だと噛みちぎられるかもしれません。


【最後に】
今回は、頭足類や甲殻類の痛覚についての研究や、タコについてお話ししました。タコには、その他にも異常にでかい「目」や、隠蔽やカモフラージュに使われると考えられている体表の色の変化、ヒトの顔の見分けることのできるという認知能力など、進化的側面で大変興味深い形態や行動、生態を持ちます[1]。すでにこれらの分類群も動物福祉法の対象としている国(特にEU圏)と比べ、日本ではこれらの種の痛覚や動物福祉についての認知は低いように思います。しかし、野生生物の保全の観点だけではなく、動物福祉の点からも、野生生物の商業利用について考え、問題点や課題を改善・解決していく必要があると思います。


【引用】
[1] ピーター・ゴドフリー=スミス, タコの心身問題, みすず書房, 東京, 2018.
[2] E. Pennisi, All in the (bigger) family, Science. 347: 220–221.
[3] J. Birch, C. Burn, A. Schnell, H. Browning, A. Crump, Review of the Evidence of Sentience in Cephalopod Molluscs and Decapod Crustaceans, London, 2021.  https://www.lse.ac.uk/News/News-Assets/PDFs/2021/Sentience-in-Cephalopod-Molluscs-and-Decapod-Crustaceans-Final-Report-November-2021.pdf
[4] Octopuses, crabs and lobsters to be recognised as sentient beings under UK law following LSE report findings, London Sch. Econ. Polit. Sci. (2021). https://www.lse.ac.uk/News/Latest-news-from-LSE/2021/k-November-21/Octopuses-crabs-and-lobsters-welfare-protection#:~:text=Octopuses%2C%20crabs%20and%20lobsters%20will,experience%20pain%2C%20distress%20or%20harm. (accessed April 4, 2022).


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