拝啓、高岡浩三様。マーケティングリサーチはそんなに"恥ずかしい"ものでしょうか?

数日前、ネスレ日本の高岡浩三社長に対するインタビュー記事を読み、その内容に思わず「えーっ?」と声を上げてしまいました。

高岡さんはインタビューで次のように述べられています。

私は常々、「イノベーションを起こすうえでは、顧客のニーズをリサーチしても役に立たない」と言っています。なぜなら私の定義では、イノベーションとは「顧客が諦めている問題、あるいは気付いていない問題を解決すること」であり、リサーチをしても問題を発見できないからです。

私も全く同意見です。消費者に「ニーズ」を聞いても意味はありません。なぜなら消費者はだいたい満たされているので、「ニーズ」は無いからです。

ちなみに皆さんは、日常生活を過ごす上で「アレに困ってる」と頭を抱えるような"ニーズ"はありますか?(ちなみに満員電車が窮屈とか、ガンが消えなくて困っているとか、国家規模の話や、数兆円は費用がかかる革新的医療技術の話は無しでお願いします…)

恐らく、直ぐには思い浮かばないはずです。

普段、コンビニで財布から小銭をジャラジャラ取り出して会計している人から「会計をもっと楽にしたい」というニーズも出ないでしょう。その人にとって、小銭を取り出すのが当たり前だからです。

つまり、不満が無い人に「何かお困りごとはありますか?」というニーズを聞いても意味はありません。それが当たり前で、困っていないからです。無理やり捻り出しても、表面的な意見しか出ないでしょう。

聞き方を変えて、その人の無意識にアプローチをとり「ほら、こういうことに困っているんじゃないですか?」と言えるインサイトを発見するのが、これからのマーケティングリサーチだと私は考えています。

そのために例えば弊社デコムのようなインサイトリサーチに特化した企業に依頼が来るわけです。実際、消費者のインサイトを探るためのマーケティングリサーチ手法は年々発達し続けています。

しかし、高岡さんは次のように述べられます。

顧客が認識していない問題を捉えるには、リサーチよりも、問題の本質を捉えるための思考や、ある種の“センス”が求められると考えています。

そして、その代表例として「キットカットの受験生応援キャンペーン」を紹介されます。

日本人にとってのキットカット・ブレイクとは何なのか――。この疑問を打開したのが、九州支店からの報告でした。
報告によると、九州では毎年1月と2月にキットカットがよく売れているとのこと。その理由を調べたところ、受験生をもつ親御さんが、現地の方言である「きっと勝つとぉ!」と関連付けてキットカットを買っていたことから、受験シーズンによく売れていたそうです。
このことを知って、「もしかすると、ここに日本人のキットカット・ブレイクの心があるのでは」と私は感じました。つまり、キットカットは受験勉強などのストレスを開放させるという問題解決ができると思い至ったのです。そうして、キットカットの受験応援キャンペーンという、業界を揺るがすひとつのイノベーションが生まれました。

文脈を読む限りだと、リサーチからはイノベーションは生まれない、ある種のセンスから生まれる…と高岡さんは伝えたいのかな、と感じました。

しかし不思議に思うのは、キットカットの受験キャンペーンはリサーチで発見した「インサイト」がキッカケだったはず。「顧客が認識していない問題をリサーチで捉えた」はずなのです。

だから、思わず「えーっ?」と声を上げてしまったのです。


下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり

「キットカットの受験生応援キャンペーン」誕生より少し前、何がどのように起きたのかを理解できる資料は複数刊行されており、そのうち2つを紹介します。1つは当時のキャンペーンでクリエイティブを担われたJWTジャパン関橋さんの本です。

書籍のP.150に次のような記述があります。

 そもそもキットカットを担当することになったきっかけが、1本のインサイト調査でした。インサイトは本音、つまり意識下に隠された「無意識の意識」です。
 この時はフォトダイヤリー手法を使いました。これは被験者に写真(当時は携帯写真が一般的ではなく、インスタマチックカメラによる)を撮ってもらい、ひと言メモを添えてもらいます。これを素材にデプスインタビューをかけるやり方です。この調査を元に"Have a break"のブレイクの意味の再定義をすると言うのが、僕たちの行った提案でした。

加えてP.107には、その詳細が記載されています。

 では、ひと休みのBreakは、いまの若い人たちに意味を持つのだろうか? その検証に入りました。
 ここで問題になるのは、いかに消費者の本音をひきだすか、無意識の中にあるものを意識化させられるか。表面的な調査は、かえって最悪の結果を招くことが多いのです。
 使ったのは、フォトダイヤリー法。
「あなたにとって理想的な休憩、お休みはどんなとき? 嫌いな休憩、お休みはどんなとき?」というテーマで、写真を撮ってもらって、その写真に感じたことを短く書いてください、というものです。
(略)
 キットカット・ブレイクは、ちょっとひと休みではない、からだを休めることでもない。
 ストレスがなく、ココロを束縛から解放し、自由になること。
「ストレスからの解放」
ここに到達しました。調査の結果が教えてくれることは、いまの高校生がいかにたくさんのストレスを抱えているかということ。受験、勉強、恋愛、友達、家族。まさに、社会の相似形のような問題を持っています。

つまり、フォトダイヤリー法というリサーチを行ったの結果、「キットカット・ブレイク=ストレスからの解放」というインサイトを得たのです。

P.64では高岡さん自らも、キットカット・ブレイクのインサイトについて次のような解説をされています。

消費者インサイトに近づきながら、キットカットブレイクとは日本人のお客様にとってどうあるべきかを必死で考えた。そして至った答が「ストレスからの解放の一瞬」。

ちなみに、九州支店からの報告と、チーム・キットカットが発見したインサイト、どちらが早かったのでしょうか。

NPO法人現代経営学研究所と神戸大学大学院経営学研究科の共同編集で季刊されている「ビジネス・インサイト」2006年夏号に、高岡さんが「日本で成功する「グローバルブランド」」と題した講演の中で以下のようにお話されています。

ちなみに書籍自体はAmazonでは販売されておらず、私は国会図書館に足を運んでじっくり拝読させて頂きました。高岡さんの講演とセットで当時P&Gに在籍されていた音部さんの講演も収録されており、鼻血垂らすほど充実した内容に仕上がっております。

キットカットのブレイクは、日本では、ストレスからの解放だと定義した。ちょっと肩から荷物を下ろして、ほっとできる瞬間、そんな瞬間に立ち会ってくれるブランドがキットカットなのだ。こういう定義づけをして、新しいマーケティング、または、ブランドのコミュニケーションがスタートした。
(略)
こうした調査から結論を出したところで、たまたま私のところに一本の電話が入った。九州の支店長からだった。九州のスーパーの社長さんから、「一月、二月にキットカットがよく売れる。どうしてかわからないのでお客さんに聞いてみたら、「うちの息子や娘が受験で、キットカットが『きっと勝っとう』に聞こえるから、縁起かつぎみたいなもので買っているのです」という答えが返ってきたとか。ついては、店頭POPでも作ってくれないかというのだ。私は何気なく、「面白いね。すぐにつくるよ」ということで電話を切った。
ところが、ちょうどキットカットのブレイクの定義をしていたときだ。キットカットを、お母さんがあるいは受験生本人が、「きっと勝つ」ということになぞらえて買ってくれているということは、キットカット・ブレイクというものを消費者が形にして作ってくれたのではないか、と考えついたのだ。

約13年前の講演録を読む限りは、インサイトが仕上がったところで、偶然にも九州支店長から電話を受けたことがわかります。

受験シーズンは、受験生はもちろん、周囲の家族もストレスが多くたまる時期です。そうした環境下にある人たちがキットカットをパキッと割ることでひとときのBreakを提供することができるかもしれない…。まさにキットカット・ブレイクのひとつですね。

もう一度、PRESIDENTの高岡さんのインタビューに戻ります。

「日本人にとってのキットカット・ブレイク」の発見が、いつの間にか九州支店長からの電話が全ての起点のような文章になっていますが、実際はマーケティングリサーチを通じた発見だったことが伺えます。

もちろん、高岡さんにとっては隠すつもりなんか一切無いでしょうし、実際は発言されていたのに編集の都合上カットされた可能性が高いです。いや。きっとそうに違いない。

ただ、文脈上「リサーチをしても問題を発見できない」「リサーチよりも、問題の本質を捉えるための思考や、ある種の“センス”が求められる」とおっしゃられているので、あれっ?マーケティングリサーチが起点だったことを隠そうとされているのかな、マーケティングリサーチって恥ずかしい行為なのかな?と私は一瞬、誤読してしまいました。

高岡さん自身も、いわゆる単なる市場調査ではなく、消費者のインサイトに迫るようなマーケティングリサーチは素晴らしい手法だと考えておられると私は信じています。


写真を使った投影法とは?

ところで、【ストレスからの解放】というインサイトを発見したフォトダイヤリー法とはどのような方法なのでしょうか。

簡単に言うと「写真投影法」です。心理学では、自分の態度や欲求が抑圧されている場合、それを自分以外の人・物に託して表現することを投影と呼んでいます。

写真投影法は、その名の通り写真というビジュアルを刺激物として、その人のココロにアプローチします。写真を用いるので、対象者の感情や感覚を引き出すことに長けている手法だと言われています。

ちなみに私たちは普段、感覚を「五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)」と表現しますが、それはアリストテレスの時代の話です。現代では体性感覚・内臓感覚・特殊感覚の3つに分類され、最低でも10〜15種類以上あるのではないかと言われています。

それだけの感覚を、「なんかモフモフして、触れているのか触れていないのか分からないぐらいの無重力な感じで乗っかかれてストレスを解消したい」と表現するぐらいなら、以下の写真を示して「こんな感じ」と言ってくれた方が伝わりやすいですよね。

ちなみに、投影法について前回は文章完成法を紹介しましたね。

写真投影法の使い方は主に2つです。

1つは、「ブランドAに持っているイメージ」「あなたにとっての理想の旅行のあり方」などのテーマを設定して、解答者が用意された写真を使って表現する方法です。

言葉では表現できないイメージを写真を通して形にできるので、文章や文字で表現することにより生まれる欠落を防げる可能性があります。

ただし、それは自分自身がすでに分かっていること・表現できることを絵で表現しているので、「意識下へのアクセス」であって「無意識下へのアクセス」ではありません。

もう1つは、まさに「無意識下へのアクセス」するために、あえて商品に関するテーマを掲げず、「あなたにとってお気に入りの行動」のようなフワッとしたテーマを掲げて、そこから無意識にアクセスする方法です。

選ばれた写真を答えとするのか、選ばれた写真から理由を考えるのかの違いと表現しても良いかもしれません。

例えば、新しい酎ハイの商品コンセプトを得るために、写真投影法を使うとします。注意するべき点はどこにあるでしょうか?

1つ目は、「聞き方」です。当たり前ですが「無意識下」にまでアクセスしたいのであれば、「どんな時に酎ハイを飲みたくなりますか?」と聞いてはいけません。

対象者が酎ハイにどんな不満を抱いているか知るために、あえてその人の価値を聞いて、その価値から照らし合わせた酎ハイに対する不満を聞きます。したがって、その人の価値をまず聞くのが正解です。

2つ目は、「写真」です。テキストでは表現できない感情や感覚をよりリッチに得るために写真を使うので、以下のような明らかにスーパーとわかるような場所が写っているビジュアルは絶対に取り除くべきです。

何らかの「感覚」が伴って、さらに「感情」が加わるような写真が秀逸なのではないでしょうか。

例えば、以下のような写真。

夜の屋外に居て、ただ星だけがゆっくりと動いているのがわかります。

ゆっくり流れる時間、落ち着いてくつろぐ、私しかいない空間、独りぼっちではなく独り占め」なんて言葉が聞こえてきそうですね


「写真で一言」がインサイトの観点で見れば秀逸な理由

考えてみれば、フジテレビ系列の「IPPONグランプリ」で行われる人気コーナー「写真で一言」は、インサイトの観点から見て非常に優秀です。

例えば、以下の写真。

大量のペンギンが集まり大陸を移動している写真です。言わば、その見方が「既存」になります。しかし、それでは大喜利になりません。

そこで、お笑い芸人さんは写真に映る光景を少しズラして見て、ある種、投影しているわけです。

「○と思ったら左、×と思ったら右ー!」と回答したら、写真の中の誰かがそう言っていることになります。

「鈴蘭舐めんじゃねーぞ!! …クローズZERO 近日公開」と回答したら、写真そのものに対する説明になります。

写真"に"でもなく、写真"が"でもなく、写真"で"一言。写真と回答との距離感は芸人さんが自由にできることが伺えます。遊べる幅が広い分、観客が想定していなかった内容を生みやすい。つまり意外性が起こりやすく、結果的に大爆笑が起きやすい。「写真で一言」が上手い芸人さんは、実に人のココロが分かっている人だなーと感じています。

写真には様々な情報が大量に詰まっていながら、メタ化もできるし世界に入り込めるし、非常に便利な投影法だと私は感じています。


インサイト分析に写真投影法は必ず必要か?

ちなみに、インサイトを知るために文章完成法、写真投影法…そんなに必要なの?という意見はあるかもしれません。

基本的には、表現をリッチにするために必要であり、「感覚」が欠かせない商材は実施した方が良いですが、そうではない場合は文章完成法だけで十分だと思います。例えば、食材や衣類なんかは必須ではないでしょうか。

食感や着心地なんか、その最たる例です。「モッチモチな食感」とだけ言われても、どんな感じでモッチモチなのか分からないので、写真が必要です。

赤ちゃんの肌のような、肌がふっくらとして張りがある、豊かな肉付きのような、弾力に寄っている「モッチモチ」なのか。

それとも、粘着性のある泥特有の柔らかさと粘り気のような、あずきの入ったどら焼きのような付着性に寄っている「モッチモチ」なのか。

どちらもモチモチですが、微妙に異なります。

もし、あなたが商品企画の人間だったとして、「モチモチした食感のかき氷がこれからは新しい!」とコンサル会社から提案されたとしましょう。弾力性と付着性、どちらのモチモチさなのか分からないので、検証の数を増やさなければいけません。

言い換えると「いい加減なアイデア」とは、情報が少なく再現性に乏しく、どうやって作り上げれば良いのか分からないのです。それはインサイトに情報が少なく、的を射ているとは言えないからなのです。

昨今、それってアイデアじゃなくて思いつきで言ってない?という話を企業の人がありがたがって聞いている状況が、本当になんとかならんのかとは思います。

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松本健太郎

インサイトまとめ

このマガジンでは、松本健太郎が書いた「インサイト」のノートを公開します。
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