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数字を見ればわかるのに「若者の◯◯離れ」というレッテル張りが多くて泣けてくる

このノートは、2018年9月に刊行された『データサイエンス「超」入門 嘘をウソと見抜けなければ、データを扱うのは難しい』の第7章「海外旅行、新聞、酒、タバコ…若者の○○離れは正しいのか」を【無償】で全文公開しています。


2019年早々に流行っている本と言えば「FACTFULNESS」ですね。めちゃくちゃ良い本で、もっともっと多くの人に読まれるべき名著だと思います。

思い込みというバイアスが、現実を歪ませている。数字に触れる前から勝手に妄想を膨らませるので、ついつい自分に都合の良い数字を選択する。

そんな様々なバイアスを、事実と数字でひたすら握りつぶしていく様が本当に痛快なのです。

もっとこの本が広まって欲しい!ということで、勝手な思い込みが事実を捻じ曲げている例を多く取り上げた本章を「応援公開」させて頂く運びとなりました。


第7章の要点3つ

・若者の海外旅行離れは、若者の数が減っているからそう見えるだけ。若者の新聞離れは、全体的に減っている(特に30〜50代は顕著)ので若者のみ批判しても意味が無い。タバコも酒も同じ。
・割り算して比較するか、全体と比較するか、とにかくある時点を切り出して、他と相対比較せず「高い!」「低い!」と言うのはお勧めしません。
・「若者の○○離れ」に対してマウンティングしてくる人は、数字が読めない人だと覚えておきましょう。


本文

「お金の若者離れ」現実を知って
 「若者の車離れ」「若者の旅行離れ」など、「若者の◯◯離れ」という言葉が存在する。メディアはその原因を若者の意識の低下のせいだと指摘しているが、果たして本当にそうなのだろうか。
 私は違う考えだ。根源にあるのは「お金の若者離れ」ではないだろうか。国税庁の2016年分民間給与実態統計調査によれば、2 0 代前半の給与所得者の平均年収は258万円とのこと。月々の家賃や水道光熱費の支払いに加え、奨学金の返済がある人もいるだろう。この中でやりくりし、私たちに支払われるかどうかわからない年金のことを考え、貯蓄に回す分を含めると、思う
ように使えるお金はほとんど手元に残らないのではないだろうか。
 「車が欲しい! 」「旅行に行きたい! 」と思う若者も多くいる。だが、若者に回るお金は少なく、車や旅行が高嶺の花になっていく。今なお、右肩上がりに経済が成長した時代の感覚で物事を考えている人から「最近の若者は夢がない。欲がない」と言われるのはうんざりだ。「お金の若者離れ」という言葉はもっと広く知られてほしい限りである。
( 朝日新聞 2018年5月5日より抜粋)


50年以上前から言われている「若者の◯◯離れ」

若者の消費意欲が減退するとすぐに「若者の◯◯離れ」と、まるで鬼の首でも取ったかの勢いで若者が年長者からバッシングされる光景は、果たしていつから始まったのでしょうか。

ネットメディア「ねとらぼアンサー」の調査によると、1972年8月号の「図書」(岩波書店) において、「ぼく自身の国際図書年 若ものの活字離れの元凶は教科書だ!!」というタイトルの記事が紹介されたのが始まりのようです。私が国会図書館で調べた限りにおいても、この記事が最初の「若者の◯◯離れ」になりました。

ちなみに「青年・少年・青少年」まで範囲を広げてみると、1968年に『イデオロギー時代の黄昏』( 合同出版) というイェジ・J ・ヴィアトルが書いた本の中で「いわゆる青年のイデオロギー離れ」という一節がありました。訳者である阪東宏さんの意訳なのだとしたら、すでに1960年代には青少年(若者)の◯◯離れは言われていたのではないかと推察します。

1980年以降、新聞、雑誌など様々なメディアで「若者の◯◯離れ」は多用されるようになります。あれも離れた、これも離れた、離れすぎて逆に何に近付いているのか分からないぐらいですね。今まで使われていたからといって、これからも使われると思ったら大間違いだ、と言いたくなる心境です。

いよいよ朝日新聞の声欄で「今なお、右肩上がりに経済が成長した時代の感覚で物事を考えている人から『最近の若者は夢がない。欲がない』と言われるのはうんざりだ」と反撃の狼煙があがりました。民間給与実態統計調査を持ち出して「使えるお金も少ないのにそんな消費に回せるか! 」として「お金の若者離れ」という言葉で反論しています。

一方で、もはや青息吐息とも言われるほど不況にあえぐ出版業界では、「若者の活字離れ」はもはや揺るがない事実として語られているようです。

果たして、「若者の◯◯離れ」とはどういう現象なのでしょうか。


若者の賃金を民間給与実態統計調査で見るのは適切か?

「若者の○○離れ」現象を深掘る前に、「お金の若者離れ」という「反論」に、少しだけ反論しておきます。

そもそも若者の賃金を見るのに、国税庁の「民間給与実態統計調査」を持ち出すのは、なかなか珍しいケースだと感じています。

国民のおおよその賃金体系に関するデータは、主に4 種類公開されています。その中で特によく使われるデータは「賃金構造基本統計調査」であり、「民間給与実態統計調査」が用いられるのは、明確な理由がない限りレアではないでしょうか。

その理由は2つあります。

ひとつは標本数の差です。図7-1で比較するとわかりますが、賃金構造基本統計調査が標本数は一番多いです。ですから、労働者の賃金に関するデータは賃金構造基本統計調査だと相場が決まっています。

もうひとつは対象の差です。図7-1を見ると1事業所に対する労働者が、賃金構造基本統計調査は約22人なのに対して、民間給与実態統計調査は約11人と倍近く違います。なぜなら、民間給与実態統計調査では労働者だけでなく、経営者や個人事業主も対象に含めており、かつ賃金構造基本統計調査では対象外としている4名以下の労働者からなる事業所も含めているからです。

言い換えると、民間給与実態統計調査は、賃金構造基本統計調査に比べて賃金が低く表れる傾向になります。どちらかのみ正解という話ではなく、目的が違うのでデータを取得する対象が違っているだけです。これは、05章の相対的貧困でも見かけた光景ですね。

これらの点から、民間給与実態統計調査を持ち出して「若者の平均年収258万円! 」と主張するより、賃金構造基本統計調査を持ち出した方が、官僚も素直に耳を傾けてくれそうです。ちなみに職種別民間給与実態調査は1事業所に対する労働者が約43名で、はなから大企業しか見ていません。

賃金構造基本統計調査によると、2017年における20~24歳の平均年収は314.9万でした。内訳はきまって支給する現金給与額が23万1300円、年間賞与その他特別給与額が37万3600円になります。民間給与実態統計調査とは60
万円ほどの差分がありました。

ちなみに1981年以降の推移は次の図7-2 の通りです。過去にさかのぼるほど、インフレなどの影響を考慮する必要があるので、消費者物価指数を掛け合わせた実質年収も弾き出しました。

1990年代以降、ほとんど実質年収が上がっていません。2017 年にようやく実質・名目共に過去最高を更新しています。この27年間、若者(20代前半)の給料はほとんど上がらなかったのです。

いわゆる「お金の若者離れ」状態が約30年間続いていますので、果たして「お金が離れている! 」と言われても、それ四半世紀続いているんだぜ……という30代、40代からの声が聞こえてきます。

ちなみに他年代の推移にも目を向けてみましょう(図7-3)。

30代は1998年~2000年をピークに、この17年で50万ほど減少しています。40代前半は2008年から一気に下がって、この10年の間に50万ほど減少しています。

見方を変えれば、むしろ30代~40代前半の方が「お金離れ」が発生しているとも言えます。もっと主張してええんやで、30代、40代……。

ある時点を切り出して、他と相対比較せず「高い!」「低い!」と言うのはお勧めしません。個人の感覚に過ぎないからです。数字で客観的に証明するには、ある時点のデータを相対的に見比べるか、過去のデータをさかのぼって相対的に推移を見比べるしかないでしょう。

それは「若者の○○離れ」も同じです。いくつか有名な○○離れを取り上げて、その詳細を見てみましょう。

ただの言いがかりだった「若者の海外旅行離れ」

若者が海外に行かなくなった、と言います。「私が若者の頃は沢木耕太郎の『深夜特急』を握りしめて海外旅行に出掛けたものだ」と自慢げに語る人もいます。

実際、20代の出国者数は約463万人をピークに減少し始め、2016年には45%減の約254万人まで減少しています。推移は次の図7-4の通りです。

もっとも、沢木耕太郎さんの『深夜特急』が刊行されたのは1986年です。その頃と比べてみても2016年の20代海外出国数の方が上回っているので、『深夜特急』のくだりは、単なる年長者の「俺の時代」自慢程度に受け止めれば良いでしょう。

ちなみに2017年の夏、ウラジオストックからモスクワまで、シベリア鉄道に揺られるだけの旅に出掛けましたが、若者はおろか、日本人は私たちのグループを除いていませんでした。そんなもんです。

グラフからわかる通り、それでも1996年をピークに出国者数は減っています。ただしその理由として「賃金が増えていないから」とは一概に言えません。図7-2 、図7-4を見ればわかる通り、若者の賃金は1991年以降既に横ばいですが、海外出国数は増え続けているからです。

20代の海外出国数が減った理由はもっと単純で、おそらく2 0 代の数が減ったからではないでしょうか。次の図7-5は1964年から2017年までの約半世紀にわたる20代人口の推移です。

1976年の約2000万人をピークに、ポスト団塊ジュニア世代による多少の人口バブルがありましたが、以降は下がり続けて、2017年には約1252万人にまで減少しました。

1997年から20年間で約650万人も減少しているのです。海外出国数は減って当然ではないでしょうか。

そこで、20代人口を分母に、海外出国数を分子に、毎年20代の何割が海外に出国したのかを算出してみました(図7-6)。海外出国は延べ人数なので、1 人につき2回、3回と行っている場合もあるでしょうが、ざっくり傾向を把握してみようと思います。

2003年はSARSやイラク戦争開戦の影響で、海外出国数が大きく落ち込みましたが、2016年の22.5% は、過去最高だった1996年の24.2%に迫る勢いです。

どうみても少子化の影響で説明できそうで、若者の海外旅行離れなんて年長者のとんだ言いがかりだとわかります。ちなみに、20代~50代まで各年代の「割合」は直近10年で以下の図7-7のように推移しています。

2009年以降、むしろ20代が他年代より海外に行っていることがわかります。

海外旅行から離れているのは、むしろおじさん・おばさんだったのです。「昔は私も海外に行ったものだ」なんて懐かしんでいないで、今いきましょう。


「若者の新聞離れ」を笑えない世代

続いて、「若者の新聞離れ」を見てみましょう。新聞を読まなくなったと言いますが、果たしてどれくらい若者は新聞から離れているのでしょうか。

参考になるのは、NHK放送文化研究所が5年おきに実施している「国民生活時間調査」です。20代のうち、「紙の新聞を読む」という行為を行っているのは何割なのかがわかります。1995年までさかのぼって、過去20年間の推移
は次の図7-8の通りです。

1995年~2000年は20%~30%台で推移していましたが、以降は年を経るにつれて減少しています。この20年間で、20代男性は32% から8%へ、20代女性は32%から3%へ減っています。この傾向は土日も大きく変化ありません。

いくら少子化で20代の数が減っているとはいえ、この20年の間に新聞を読む習慣のある若者が20%~30%程度も減ったのは衝撃的だったはずです。

では、このことから「若者の新聞離れ」と言えるでしょうか。他の年代に目を向けてみましょう(図7-9)。

この20年間で、新聞を読む30代男性は55%から10%へ、30代女性は50%から12 %へ減っています。40代男性は67% から20%へ、40代女性は64%から24%へ減っています。20代同様に、この傾向は土日も大きく変化ありません。いずれの減少具合も、20代男女を上回っています。

元から20代は低かったというのもありますが、それでも30代~50代は減り過ぎでしょう。他年代と比較しても、若者は先に新聞離れしていたかもしれませんが、少なくともこの20年間は「おじさん・おばさんの新聞離れ」が激しいと言えます。最近の若者は新聞を読まない、と言っているおじさん・おばさんもまた、新聞を読まなくなっているのです。

ただし、20代に「新聞を読んでいるか? 」と聞けば、大半は「読んでいる」と答えるはずです。紙では読んでいないでしょうが、LINENEWSやYahoo!トップページのニュースにはけっこう目を通しているはずです。そのニュースは媒体が独自に取材したものではなく、各新聞社の配信によるものです。

ネットで金を稼ぐ、という手段を早々に放棄した結果が、「全世代の新聞離れ」を招いたのかもしれません。


若者だけでなく男性全体が離れてしまった酒・タバコ

最後に、若者の酒・タバコ離れを調べてみましょう。昔は洋酒をかたむけながらタバコをふかす人が「かっこいい」というイメージでしたが、今ではタバコ臭い・酒臭いと、嫌われる要素のダブルパンチです。人によっては「古臭い昭和」の代名詞的存在かもしれません。

国民健康・栄養調査で、1992年から2016年まで「飲酒習慣」に関する調査が行われています。週3日以上、1日1合以上飲酒する20代の推移を見てみましょう(図7-10)。

2004年を境に、一気にダウンしているように見えますが、むしろ2001年、2003年が突出しているとも見えます。標本数が300~500ですので、上下3~5%の誤差が考えられます。それを差し引いて考えると、女性の傾向は変わりなく、男性の傾向は約30%台から約10%台に低下していると見えます。

ちなみに、2013年はデータ欠落が発生しており、情報が見つかりませんでした。時系列の推移を把握するのに必要なので、こういうのは勘弁して欲しいですね。

では、他の年代はどのように推移しているでしょうか。次のページの図7-11、図7-12を見てみましょう。

30代男性は約60%台から約20%台半ば、40代男性は約60%台から約40%半ばとそれぞれ減っています。一方で、40代、50代女性はむしろ飲酒習慣が増えるという結果になりました。

つまり若者のお酒離れというよりかは、男性のお酒離れが、表現としては正しいのではないでしょうか。

タバコについては、どうでしょうか。直近1カ月で毎日タバコを吸っている、もしくはときどきタバコを吸っている人の割合の推移を20代~50代含めてみてみましょう。

飲酒習慣の時ほどではありませんが、20代は半分ぐらいに落ち込んでいますし、30代、40代もそれぞれ3分の1程度落ち込んでいます。男性の酒・タバコ離れが伺えますね。


この章のまとめ

この他にも、「若者の◯◯離れ」といわれるものは山のようにあるでしょうが、若者だけでなく他の年代でも減っている、或いは人口が減っているだけで割合は変わっていない、ほとんどがこの何れかに収斂されるのではないでしょうか。中には実際に割合で見ても減っている場合もあるでしょうが、ごくごく少ないと思われます。

ちゃんと数字を見ればわかることなのですが、ついつい「若者の◯◯離れ」というレッテル張りで済ませてしまいます。いかに我々がバイアスを持っているかがわかります。


「データサイエンス「超」入門」には掲載できなかった漏れ話

本章でも触れた毎月勤労統計調査が、正確性に関する重大な疑義に揺れています。

もともとは西日本新聞が「統計所得問題」として報道し、統計警察から総ツッコミが入った問題を端としています。私も「西日本新聞は何を言っているのか!」というnoteを公開していました。

事態を収拾するため厚生労働省が統計委員会で報告した際に、担当者が「大阪や名古屋なども、東京と同じように500名以上の事業所は抽出調査をしたい」と併せて口頭で述べたところ「いや、500名以上は全数調査なんちゃうん?」とツッコミが入ったのがきっかけで今回の事件が発覚しました。

一連の過程から「担当者は先輩の業務を引き継いだだけ」「不正を働いている認識は無かった」ことが分かってきています。

全容解明が待たれますが、1つ言えることは、公的統計が疑われ始めると国家が溶解します。例えばギリシャ危機は、長年の意図的な統計不正の果てに行われた内部告発がキッカケでした。

本来なら、このあたりの情報を分かりやすく、伝わりやすく、面白く、興味を持てるように伝えるメディアがあってしかるべきなのですが…どなたかいらっしゃらないでしょうか?


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