イケナイコトほど魅力的

私は幼い頃からずっと色々なことを我慢しながら生きてきたが、ある時ふとしたきっかけでそのタガが外れた。
ボタンがあれば押して、立ち入り禁止の立て看板があれば踏み入って、あらゆる注意事項はよく読んでから真逆の行動を取るような女になった。
してはいけないことはしてはいけないと頭ではわかっていたがやめられなかった。
ある日、衝動買いしたワンピースを着た私は不倫相手と深夜にラーメンをすすり、店を出て駅まで歩いたものの終電を逃したから腹いせに踏切の非常停止ボタンを押し、歩いて家に帰ってシャワーも浴びずそのままベッドにもぐりこんだ。
次の日の朝、郵便受けを開くとクレジットカードの明細書と差出人不明の茶封筒が入っていた。クレジットカードの利用金額は予想より一桁多く、茶封筒の中身は不倫相手とのツーショット写真だったからまとめてゴミ箱に放り込んだ。昨夜さぼったシャワーを浴びようとして浴室の鏡を見ると、深夜のラーメンのせいか落とさなかった化粧のせいか、ひどく荒れた肌の自分が映っていた。
次の日の朝、人づてに不倫相手の訃報を知り衝動買いしたワンピースを着て葬式に出た。読経の間私は生前の彼を想った。口の上手な男性だったから、私は彼が聞かせてくれた数々のジョークを思い出してはこらえきれない笑いを口の端から漏らした。髪の毛の薄い参列者の男が私のことを訝しげに見てくるものだから生え際を凝視して罵声を浴びせた。喪主である不倫相手の妻は始終私を陰湿に睨みつけていたから彼女を差別用語で罵った。
髪の毛の薄い参列者の男は私を葬式場からつまみ出した。喪主である不倫相手の妻はより辛辣な差別用語で私をこき下ろした。
家に帰ると部屋の前に複数の警察官がいた。彼らは私を取り押さえ、私の罪を読み上げた。踏切の非常停止ボタンを押した威力業務妨害罪と、不倫相手を殺した殺人罪と、あといくつかあったが聞き取れなかった。
してはいけないことはしてはいけないと分かってはいたがこれでやめられるようになるのだろうか。

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