見出し画像

デジタル時代の「街づくり会社」の形を考える 【世界標準の経営理論5:取引費用理論】

情報の経済学(第3回)、エージェンシー理論(第4回)に続き、組織に関わる経済学の理論の3つ目は「取引費用理論」。

「取引費用理論」と聞くと、何か小難しそうな感じがして触手が伸びづらいが、その中身を理解すると、「自社の未来の形」を考える有効な思考の軸になるのだと思う。

【読解】取引費用理論とは

ざっくり言うと、「自社で持つべき部分はどこまでか、他社と取引する部分はどこか」を考えるための理論である。言い換えると、企業の範囲を決める理論だ。

企業の範囲は、概ね以下の通り分類されるが、何が要因で内部と外部が規定されるかを説明するのが「取引費用」と言う考え方である。

①自社で持つべき部分 = 内部化
②他社と取引する部分 = 市場取引(外部化)

この企業の「内部」と「外部」の狭間で起きる問題が「ホールドアップ問題」である。

【読解】ホールドアップ問題

ある会社A社が、B社(サプライヤーなどをイメージすると分かりやすい)との間の契約で、B社だけしかできない仕事を取引することで、結果的にその仕事のノウハウ・技術などがB社だけに蓄積されているような状況を想像してほしい。

このような状況になるとA社はB社以外の取引先を見つけることができず、結果としてB社がA社に対して価格交渉などにおいて足元を見てくるような状況になるのが「ホールドアップ問題」である。

事業会社とITベンダーの間に起きる「ベンダー・ロックイン」が分かりやすい事例であろう。

ホールドアップ問題が起きるには、以下の4つの要因(3つ条件と1つの大前提)があると言われている。

①不測事態の予見困難性 :契約時にその後の市場環境変化が読めない
②取引の複雑性     :不測事態が読めないため契約の内容が不十分
③資産特殊性      :A社が必要な「ノウハウ・技術」がB社に蓄積
④【大前提】機会主義  :B社が(合理的に)足元を見る会社ということ

そして、ホールドアップ問題が生じたとき、A社から見るとB社との「取引コスト」がかかり過ぎてしまう場合、B社に仕事を依頼する(市場取引)よりも、自社内に取り込んだ方(内部化)が良い、というのが取引費用理論の中心的な命題となる。

変化の時代だからこそ「会社の範囲」を疑う

取引費用理論を読んで感じたのは、改めて自社の持つ事業の範囲は、果たして適正なのか、という点である。

かつて日本の人口増加を背景に高度経済成長という波に乗り、多くの企業が事業拡大をしてきたが、バブル経済崩壊に伴う業績低迷の時、多くの事業を売却や清算などをしてきたが、そうした経済ショックが無い限り改めて会社の範囲を疑うことはあまり無いように感じる。

しかし、本書の中でもGEの例が書かれているが、世界的に見れば取引費用は以前に比べて大幅に低下してきており、自社でやらなてくも良いよね、という事業が多く存在してきているような気がする。

その際、個人的に課題だと感じる点は以下の2点。

課題①  自社で持つべきもの・強化するものを、どのように見極めるか?
課題②  他社との組み方の優先順位

課題①は、組織は戦略に従うのか、戦略は組織に従うのか、という命題は常に問われるが、個人的には、「内部化」する組織の範囲を決める上では、ビジョン・戦略が欠かせないと感じる。

戦略がない場合、どうしても、それぞれの事業の収益性のみにしか視点が集まらず、その事業の果たしている数字に見えない役割の議論がされずに、「不採算だから切る」、もしくは「利益が少しでも出てるから続ける」といった判断になりがちである。

しかし、各事業が作用し合うことで、会社全体としての顧客利益の最大化をどのように図っていくのか、そしてそのためには、どのような事業領域を強化していく必要があるのかと言った骨太なビジョン・戦略の議論が本来はされるべきだと思う。

「オープンイノベーション」とは何か?

課題②は、本書にもある通り、市場取引にもパターンがあり、単純な業務委託、業務提携から資本提携、ジョイントベンチャー、(そしてM&Aという内部化)というように一つのやり方ではなく、いかに取引先企業に応じて使い分けていくかが、経営の腕の見せ所だと思う。

そして、その使い分けも、当然のことながら「経営の意図」が必要になる。外部企業との市場取引は当然のことながら「取引コスト」とそれに付帯するコストが発生するが、一方で企業のリソースは有限なため、優先順位をつけた外部企業との市場取引が必要になるはずだ。

個別事業がそれぞれ外部企業への委託や業務提携・資本提携が頻発している状態が続いているとしたら、それはきっと、(内部化したはずの)社内の人間がやるべき仕事をしていないか、もしくは会社としての戦略がないかを疑うべき、ということになる。

つまり、市場取引を通じた外部の会社との組み方も、会社全体のビジョン・戦略に従うべきだと思う。

よく「自前主義から脱却して、オープンイノベーションをしていくべき」という論調があり、間違ってはいないのだけど、正しくは、上記のような考え方になるのでは、と感じている。

オープンであろうとなかろうと、「イノベーションを起こす主体」は自社の中になくてはならない。

デジタル時代の「街づくり会社」 :sidewalk labs

最後に一つ、具体的な事例を紹介したい。

あらゆる産業がデジタル・トランスフォーメーションを求められている昨今、これまで外部化していたIT投資も内部化すべき、というのが大きな流れになっている。以下の本にその理由や対処法などが詳しく記されている。

一方、私が関わっている不動産、街づくりの領域も、最もデジタル化が進んでいないと言われる業界であるが、proptech、maas、、など、最近話題になるキーワードを耳にする機会も増えた。

そうした中、ここ数年で最も注目すべき企業といえば、google系列のsidewalk labsではないか。

トロントでのスマートシティ開発など、ものすごく沢山の話題を振りまいているので、不動産・街づくり業界以外の人でも名前を知る機会も多いと思う。

専門家などの間でも色んな評価がされており、どちらかと言うとポジティブな評価よりネガティブなものを聴く機会が多い気がするが、個人的には、その組織づくりの観点から大変注目している。

感覚的には、日本のスマートシティをめぐる組織論より5周くらい先に行っている印象がある。

その理由は、この会社の構成メンバーである。

今、同社はトロントで市と一緒にスマートシティ開発を手がけているほか、他の都市でも大小様々な都市課題解決に関する実証実験などを手がけている(ようにweb上の記事では見受けられる)。

それをどのようなメンバーでやっているかは同社のHPに全メンバー(約130名)のキャリアと専門が掲載されていたため、それを全て見てどういう構成なのかを調べてみた。

調べたのが昨年11月ごろで、かつ分かりづらい役職などもあったため、あくまでも目安として捉えて頂くのが良いと思う。

■街づくり系 約60名
 ・都市開発系 20名
 ・政策系(データ政策含む) 8名
 ・専門家(交通、環境、物流、公共空間) 15名
 ・デザイン&コミュニケーション 10名
 ・地域・市民担当 8名
■ITエンジニア系  約30名
 ・プロダクトマネージャー 6名
 ・エンジニア 20名
 ・テクノロジスト 3名
 ・データサイエンティスト 1名
■スタッフ・その他 約40名 

いかがであろうか?

ディベロッパー、設計会社、行政、大学の研究室、デザイン会社、法律事務所、システム開発会社、地域NPOなどが混ざったような会社だ。

デジタルが前提となる社会においては、道路や広場、物流などあらゆる空間や、地域自治の形の再定義が必要になるため、あらゆる専門家が集まる必要があるのだ。

そして、そのトップに立つのが、元BloombergのCEOで、元ニューヨーク市副市長を務めたDan Doctrof氏である。

彼は以前のWiredのインタビューの中で、こう語っている。

”行政はテクノロジーやクリエイティブの力を理解しておらず、テクノロジストたちもまた、行政を理解していない。
より良い未来のと都市をつくるためには、まずは両者を繋ぎ、理解を促す対話が必要です。”

日本のスマートシティに関わる行政、企業の関係者の中でここまでの認識が正しくある人は多いとはいえず、組織作りに着手できている例はほぼないと言える。

今回の本論ではないが、あるべき組織の形を考える上でも、大局的な社会への理解や知識・経験に基づいたビジョン・戦略が必要かを強く実感する。

そして、「適切な組織づくり」(何を内部化して、何を外部のプレーヤーと協働するか)を検討する上で、取引費用理論が議論の出発点として有効に機能すると思う。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?