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スパンコールの煌めき 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン3 その22

 ここで感情を爆発させたところでどうにもならないのが虚しい。
 そして、その虚しさが余計に腹立たしい…

「それはそうと先生、僕らが卒業した後に、先生方もかなり入れ替わりがあったみたいですね」

 西松だ。

「そう見えますか?多少入れ替わりがあった程度だと思いますよ」

 と中年教師は何の気無しといった感じに言った。

「植村先生の姿が見えないのですが」

 西松だ。西松の野郎、また植村の話題を蒸し返すつもりか。

「うえむら先生?うえむら先生ならあそこにいますよ」

 と中年教師が指差す方を見るが、そこには植村とは全く人相が違う男の姿があった。

「え?違いますよ。前髪長くて……、挙動不審で有名な、あの植村先生ですよ」

「うえむら先生と言えばあの先生しか居ないんですがね。
 うえむらの“うえ”はどの漢字ですか?」

「植木鉢の植です」

「その植村先生はここにはいませんよ。あのうえむら先生の“うえ”は上下左右の上ですから。
 西松君の言う植村先生のことは知らないなぁ」

「あの植村を知らないですか?」

 西松は語気を強めた。

「知らないですねぇ」

 中年教師は困惑の表情を浮かべているのだが、あの植村を知らないとは驚きだ。

「あいつ、さっきここに十年いるって言ってだよね?」

 西松は中年教師の方へ向いたまま囁いた。

「あぁ、言っていたな」

 俺も中年教師の方へ向いたまま囁き返す。

「それだけ居て、あの植村を知らないなんて有り得ないだろ…」

 西松のその囁きの後、俺はある事を思い出した。

「西松、あの校長、名前は何だった?」

「校長?」

「ああ、お前と堀込と校長で十字架へ磔にされていただろ?その校長だ」

「……、山本だ」

「その後、磔にされた後の記憶は戻ったか?」

「まだだ。風間、まさか」

「それだ」

 と西松へ囁くと、俺は改めて中年教師の方へ身体を向け、

「先生。山本校長はお元気ですか?」

 と聞くと、中年教師は俺の方へ振り向く。

「山本校長は去年、定年退職されましたよ」

 中年教師は俺の背後、頭上に向かって指差した。
 振り返り見上げると、壁の上の方には額縁に入れられた歴代校長の顔写真が飾られている。
 横に座る西松の溜息が聞こえた。

「あの校長は存在しているのか。
 おい風間。ここを出たら山本校長に話を聞きに行かないか?」

 西松のその囁きを他所に、俺は歴代校長の写真の下に書かれた名前を見る。

 あった。山本だ。

 その刹那、俺は戦慄した。
 その写真は俺たちの知る山本校長ではなかったのだ。
 俺たちの知る山本校長は毛量の多い白髪を七三分けにした、紳士然とした初老の男であるのに対し、飾られている写真の山本校長は、禿げ頭ででっぷりと肥えた、目の周りのクマが印象的な男、明らかに別人だ。

「西松、それは無駄かも知れない」

 と囁きながら、背後にある頭上の写真へ目配せする。

「まじかよ…」

 西松は絶句した。

「風間、ここは入間川高校じゃないのかよ」

「場所は間違いなく入間川高校だが、どうやら俺たちの知る入間川高校ではないのかも知れない」

「どういう事だよ…」

 その西松の囁きの後、俺たちの間には重苦しい空気が流れる。


「もう一杯、コーヒーはいかがですか?」

 その重い沈黙を破ったのは中年教師であった。

「いえ、結構です。僕たちはそろそろ失礼しようかと思います」

 西松はそう言うとソファーから立ち上がった。

「この後、何かご予定でもありますか?無いのでしたら、もう少しここに居られてはいかがですか?」

 中年教師は何故か俺たちを引き止めた。

「と言いますと?」

 西松のその一言の後、中年教師は腕時計を見る。

「この後、17時からキズナ ユキトさんの講演会がここの体育館で開催されるんですよ」

 キズナ ユキトの名が出たその刹那、俺は思わず舌打ちをしていた。
 その舌打ちは中年教師にも聞こえたようで、一瞬怪訝な表情を浮かべたが、すぐに満面の笑顔に戻った。

「キズナ ユキトさんが我が校の卒業生だったことをお二人は知っていましたか?」

「いいえ、全く」

 と西松が答えた。

「そうでしたか。所沢が生んだ聖人である、あのキズナ ユキトさんが当校の卒業生であることは、全教職員ならびに全校生徒、皆が誇りに思っている事なのですよ」

 と中年教師が興奮した様子でキズナの野郎のことを語り始めた。

「風間。この事、知ってたか?」

 西松は中年教師の話を聞いているフリをしながら、俺へ囁いた。

「知らぬ。初耳だ」

「だよね。キズナって俺たちと同期だったよね?」

「そうだったな」

「ってことは高校で同学年だったって事だけど、あんな奴いたっけ?」

「俺は見た事ないな。あんな奴がいたら、名前も見た目からしても目立って仕方がないはずだけどな」

「そうだよね」

「一つ考えられるとしたら、キズナは狭山ヶ丘国際大学へ入学するのに浪人していたってことになるが、そんなことは」

[有り得ない]

 俺たちは同時に同じ事を言っていた。

「あの四流私大中の四流私大へ入学するのに、浪人までする奴など存在しないからな」

 と西松へ囁いた時、校庭の方から大歓声が巻き起こった。

「キズナさんがいらっしゃいましたよ」

 と中年教師は満面の笑みを浮かべながら、校庭の方を指差す。
 校庭の中に大型パスが入ってきていた。
 車体横にキズナの顔が大きく描かれているバスは、やがて校庭のど真ん中で停車する。
 すると多くの学生たちが校庭へ出て行く姿が見え、バスの周りにはあっという間に人集りが出来た。
 集まった学生たちはそれぞれ好きなように歓声をあげていたが、それは次第に“キズナ”コールへと変わっていく。
 そんな中、集まった学生らの興奮が最高潮へと達した時、バスの前方扉が開いた。
 学生らの興奮は最高潮を超え、熱狂へと変わったその数秒後、バスの乗降口からキズナ ユキトが姿を現す。その瞬間、女学生らは失神した。
 キズナは乗降口の横に取り付けられていた梯子を使い、バスの屋根へと登る。
 するとキズナは屋根の上から、集まった学生らに向かって手を振り始めた。

「なんだよ、あれ。アイドル気取りか?糞が」

 俺は思わず悪態をついていたのだが、俺と西松と例の中年教師以外、職員室には誰も居なくなっていた。
 中年教師も俺の悪態など、どこ吹く風といった調子で身をくねらせてキズナ ユキトへ声援を送っている。


「みんな、お待たせ〜」

 キズナは拡声器を使い皆へ挨拶した。
 そのアイドル気取りみてぇな喋り方がこの上なく不快だ。
 キズナはいつも意味がわからない柄のヘアバンドをしているのだが、今日はスパンコールか何か、光り物で装飾されたヘアバンドをしていた。
 さらに服にまで、全身スパンコールがあしらわれた黒のスーツを着ている。
 そのスパンコールが夕陽を浴びて煌めく。
 不快な煌めきだ。
 キズナはこれを狙って、わざと夕陽を浴びる場所を取ったのであろう。


「みんな、元気〜?」

 とキズナが集まっていた学生へ呼び掛けたその刹那、俺とキズナの視線が交錯する。

 距離があるのに俺にはわかった。
 奴は俺を見ている。
 キズナはまるで勝ち誇ったかのような笑みを浮かべていた。

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