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最強の漢字学習法 〜日本語は大谷翔平的な二刀流言語?!〜

教員時代にやっていたオリジナル(?)漢字学習法

皆さんは、漢字学習するときに
どのように取り組んでいますか?

僕は中学高校の国語教師を
やっていたんですけれども、

その中で、
まずそもそも自分の漢字が強くない
ということに気づきまして、
よく言えば、生徒と同じ目線で、
悪く言えば、慌てて勉強してたわけですね。

その中で
僕なりに
「自分にしっくりくるな」
と言う勉強法を編み出しましたのでした。

この方法は
周りを見渡すと
意外とやってる人いないんじゃないかな
と感じることがあって、

結構いい盲点をつけたんじゃないか
とちょっと自信があるので
シェアしてみたいなと思います。

そのためには、
日本語についての理解 / 認識
を深める必要があると思うので、

そこについて少々語らせていただいて、
最後にその具体的な方法
(これ非常に簡単ですので)
をシェアしようと思うので、
ぜひ最後まで話を聞いて言ってください。
(といいつつ、目次を見てわかる通り、
すごくボリューミーになってしまいました(汗))



「漢字を覚える方向性」

さて、「漢字を覚える」といっても、
どのレベルのことを指しているのか様々だと思います。
(これを「漢字を覚える方向性」とでも言っておきます)

例えば、

・「読めるようになる」
・「書けるようになる」
・「意味がわかるようになる」

などですね。

僕が考える漢字の覚え方も、
それぞれに適した覚え方があって、
目的によってその方法と言うのは違うんですけれども、

特に僕が重視していた “漢字を覚える方向性”
「漢字の意味がわかるようになる」
ことですね。

一応これにも自分なりの理由がありまして、
漢字と言うのは
二字以上の漢字が組み合わさってできた
「熟語」
として普段使われることが非常に多いです。

そこで、単体の漢字の意味がわかるようになると、
初めて見た熟語でも
意味を予想することができるようになります。

他の「漢字を覚える方向性」、
「読めるようになる」
「書けるようになる」
に対する僕の見解は、

パソコンやスマートフォンなどのテクノロジーが普及して、
これらの力を必要とする場面が減ってきてしまっている
と言う感はあるものの、

言い換えれば、
ハードルが下がっている状態になる
と言えると思うので
ひとまず良しとして、

(国語教師をしていた端くれとして
軽視するわけではなく、
むしろ憂いているのですが、だからこそ)

まずは、一旦置いといて、「選択と集中」、
「漢字の意味がわかるようになる」
というところから始めてみるのはどうか
と提案したいと思います。

(また別の機会にでも、
「読めるようになる / 書けるようになる」ための漢字の学習方法については
解説できたらなぁと思います。
すごく簡単です(笑))

意味に特化した漢字学習法

前置きが長くなりましたが、
その方法は非常にシンプルです。

それは、

「訓読みに着目せよ!」

ということです。

本当にこれだけです。

漢字を見つけたら、
とりあえず訓読みではどう読むのかを調べてみてください。

徹底的に。

以上です。
ありがとうございました。


 ・
 ・
 ・
というのは、冗談で、
もう少し語らせてください。

訓読みがなぜ意味習得において最強なのか

よく考えれば、漢字と言うのは、
中国から来た言葉(文字)なわけで、
その本来的な読みと言うのは、
「漢語」
つまり「音読み」です。


話してて思い出したんですが、
中学国語の文法の授業で、

日本語を構成する要素として、
・和語(大和ことば)
・漢語(中国ことば)
・外来語(その他外国ことば)

と言うものがあると教えていました。

以下は生徒にも補足説明をしていた覚えがあるのですが、
これは正確に(いわゆるMECEに)分類すれば、
和語、外来語の2種類に分かれるわけで、
外来語の中に「漢語」が含まれるわけです。

日本にとっては中国も「外国」つまり外国由来のことば(外来語)なわけです。

ただ、日本と言う国は
歴史的に、切り離すことができないほど
中国との関係が深く、
それは言語にも影響しており、

外来語の中でも
とりわけ中国語(漢語)と言うのは、
日本語の中で特別な地位を獲得している
と言う格好なんですね。


話を戻します。

まあ、当たり前のようですが
漢字の本来の発音、読みと言うのは、
漢語としての
「音読み」
だったんですね。

つまり、
私たちは、当たり前のように
外国語を日本語として運用しているわけです。

先程の話じゃないですが、
これはカタカナで表されるような外来語、
例えば
「イメージ」や、
「コミュニケーション」、
「イベント」など
とは訳が違います。

(外来語は主に、既存の日本語にはない概念で、
翻訳すると意味が屈折してしまうような概念を日本語を通さずに、
直接輸入した際に流通する印象です。
そういった意味で外来語は
日本語を補強したり、
拡張したりしてくれるポジションかなと思ってます。)

漢字は、もはや日本語かのように振る舞い、
漢字 / 漢語なしでは、
日本語のバリエーションはとても貧相なものになってしまいます。


子供の頃や、たまに飲み会やバラエティ番組
(今ではYouTube企画なんかも含まれる時代ですかね)などでも、
英語禁止ゲーム、外来語禁止ゲームをやっていたりしますが、
英語禁止ゲームならまだしも、
外来語禁止ゲームなら
これも厳密に言えば、
「漢語」
つまり音読みも禁止になっちゃいます。

「和語(大和言葉)」
つまり訓読みだけで話さないいけないという(笑)

これ、
実は僕、個人的に脳内でずっとやってたことがありまして、
(それこそちょうど
訓読み漢字学習法にハマっていた時期に
自然に始まったかと思うのですが、)
やってみるとまぁ難しいんですね。
ぜひ皆さんもやってみてください!(笑)

すぐ話がそれちゃうんですが、
要するに
それだけ漢字(漢語)が
日本語において占める役割は大きいということです。

裏を返せば、
実は私たち日本人の根底にあり、
根源的にチョー直感的感覚的に理解できる言葉というのは
「和語(やまと言葉)」
なんです。

つまり、和語ネイティブ(母語、母国語)なわけで、
漢語は第二外国語
これは言い過ぎなので第1.5外国語とでもいいましょうか(笑)

「日本語OS」ver.1.0〜3.0

今後説明を進めるにあたって
いい概念を思いついたのでここでひとつ造語を導入します。

先ほども述べたように、
こうして日本語は時代と共に
他の言葉を取り入れ、借用することによって
表現の幅を広げていったわけです。

その借用のアップデートにあわせて
和語(やまと言葉)だけだったころの日本語
日本語1.0

漢語(中国語)をひろく取り入れた日本語
日本語2.0

その他の外国語(主に英語など)をオープンに取り入れた日本語
日本語3.0

とでも言ってみることにします(言い切り)。

(「その他の外国語」としていますが、
厳密に言えば1.0→2.0→3.0という
時代の流れを想起させる概念は不適切で、
どの時代でも英語を問わず
いろんな中国以外の国に由来する言葉
日本語は取り入れているはずですが、
ここはわかりやすく平易な概念として提案します。)

例1)「害」

ひとつ例で考えてみましょう。
例えば、
「害」(あまりいい言葉ではありませんが)

これは音読みで「ガイ」と読み、
「災害」「害虫」「自害」
などの熟語で用いられる漢字です。

ではこの字の訓読みはわかるでしょうか?

これは実は常用漢字として
学校教育課程では習わないので
知らない方も多いかと思いますが、

「わざわ(い)」「そこ(なう)」「ころ(す)」
と訓読みで訓みます。

どうですか?
僕は
意外とたくさん訓読みがあるなという印象と、
確かに熟語によって意味が違うなという印象
を持ちました。

もっと言うと
「意味が違う」というよりは、
「カバーしている意味の範囲が違う」
というほうが正確でしょうか。

個人的には、
訓読みを知ると「害」の持つ意味が直感的に入ってきます。

理由は、訓読みが
和語で
ジャパニーズフレンドリー
だからです。


例2)「意」

もう一つ見てみましょう

「意味」の
「意」

これ訓読みでなんて訓むかわかりますか?

これは
「おも(う)」「こころ」
と訓むそうです。

すでに「おもう」には
「思考」の「思」
「想像」の「想」が当てられ、
「こころ」は
「安心」の「心」が当てられることが多いので、

一般的に「意味」の「意」が
「おもう」「こころ」と訓まれることはなく
常用漢字にも登録されていませんが、
なるほど「そういう意味があるのか」と
「意い」ますよね。

さっきから「意味」「意味」…言ってますので
別の言葉をあげると
「意図」
という熟語を考えるとわかりやすいんじゃないでしょうか。
訓読みを知ると
「意い図る(おもいはかる)」
ことというのが “すっ” と入ってきます。

例3)「卓」


最後に
最たる例をもう一つ

「卓見(たっけん)」

ということばの意味をご存知でしょうか。

普段あまり聞きなれない言葉のように感じますが、
字を見た時に
「卓」
の訓読みを知っていれば、
もしその意味がわからなくても
予想ができます。

「卓」は「つくえ」とも読みますが、
「すぐ(る)/(れる)」
とも読みます。

だから、「卓見」は
「すぐれたものの見方」
という意味が予想できるのです。

「卓越」の意味を知っている人は
そこから「卓れる」の意味を類推もできそうです。
まさに「卓れ越える」ですね。

つまり訓読みの知識を増やすと
“熟語の類推の精度が上がる”
とも言えると思います。

漢語という外国語の翻訳作業

これらを深掘りすると、
訓読みは、昔の日本人が(漢文を読む中で)漢字を見て
漢語を和語(ネイティブな日本語)に
「翻訳」しているわけです。


今更ですが、
この「訓読み」の
「訓」
も「訓読み」すると「よむ」と訓みます。
(ここ自己言及的で非常にややこしいのですが(笑))

「読書」の「読」を当てる
「読む」
「訓読み」の「訓」を当てる
「訓む」の違いは

「訓」の方は
日本語に翻訳して訓む / 訓み下す
という意味を含むんですね。

こうしてみると、改めて
原初の日本語の和語(やまと言葉)、
(ここでいう日本語1.0)は
非常にあいまいな言葉
だといえます。

例4)「すむ」

またここで例を出しましょう、
日本語には「すむ」と訓む感じがたくさんあります。

・「住む/棲む/栖む」
・「済む」
・「澄む/清む」

これらは漢語をフックにして棲み分けがされていて、
別々の言葉のようにすら思えますが、
本来、和語「すむ」としての意味は同じです。

「すむ」は(和語として本来的・本質的に)
「荒立っているものが落ち着きをはらうこと」

と言えます。

「ストレスフルな外の世界から家によって
私的な落ち着きのある暮らしをすること」

=「住む」
だし

「いそがしい仕事が片付いて落ち着くこと」
=「済む」、

「舞い上がっていた濁りが落ち着き沈澱し、
水が透き通ること」

=「澄む」

なわけです。

和語は日本語1.0だからこそ自ずと語源に行き着く

この中心的意味は
なかなか辞書では調べられません。
それぞれの漢字に結びついた意味に
(自動的 / 強制的に)アクセスしてしまいますから。

和語を知るということは
(僕にとっては)図らずも語源探求になってくるのです。

語源辞書を引くか、
まさに訓読みを知ったり意識することで、
その “中心的な意味” に想い(意い)を馳せることで
より深く意味を感じることができますし、
理解が深まります。

こう考えると、
和語は個人的には
豊かで、貧しい言葉
と感じるんです。

どういうことかというと、
豊かさについては、
和語はいろんなニュアンスを
それこそ豊かに含んで とどめています。

一方、
貧しさについては、
和語はある側面から言えば、
事柄、もっというと世界に対して説明 / 表現する語彙が非常に少なく
まさに曖昧で、
解像度を上げて詳しく表現することが難しい言語だと言えます。

ただ、そこで漢字が効いてくるんです。

「ほら!「住宅の住」と書く方の「すむ」だよ!」
という言い方も最悪できますし、

日本語上級者ともなれば
文脈などから脳で漢字を当てて、
それを補助線にして
その和語の解像度を補填することで
情景や意図を想像し汲み取ることができるのです。
漢字のおかげで。

そう、漢字のおかげで
豊かさと貧しさを併せ持つ日本語
「貧しさ」の方をも「豊かさ」に転換させて、
チョー豊かな言語に「覚醒させた」
とも言えます。

ダブルスタンダードのなせる技

日本語(日本語2.0 / 3.0の)の稀有な特徴なんじゃないか
と思ったりします。
だって和語だけだと不便ですもん。
漢語禁止ゲームやってみてくださいよ(笑)

多くの言語は、時代などによって
新たに言葉が生まれ、
分化したり、
新たな言葉によって代用されたり、
淘汰、消滅したりと
使用する要請に迫られると変化するものです。

和語というあいまいな言葉を保持できたのも、
(いや言葉なんてもんじゃありません)

曖昧な単語が生き残ることはあっても、
「あいまいな言語体系」“自体”を
まるまる保持するなんて芸当ができたのは、

漢語のおかげで時代の要請の激流に晒すことなく

「あいまいな余白やアソビのある表現は和語」
「専門的で厳密な表現は漢語」


と棲み分けながら運用されたことによって、

和語は
「時代がもっと厳密な表現を求めてるぞ!あいまいで不便だぞ!」
と厳密な表現を要請された際も、
圧力を受けずに
あいまいなまま保存されているのではないでしょうか。

英語のような、
和語漢語といった
ダブルスタンダードを持たない言語にとっては
これは難しいことではないでしょうか。

英語との比較

これは検証したわけではなく妄想ですが、
例えば英語なんかは
インドヨーロッパ語族と言われており、
印欧祖語という言語に遡ると言われています。

インドヨーロッパ語族に分類される言語はとても多いだけに、
時代などによる表現の拡張や厳密化の要請があったときに、
日本だと中国という別の語族から借用した(そして非常にうまく運用した)ケースと違って、
同じ語族から借用し、
その親和性から、棲み分けながら運用した
というよりも、
言語として同化して運用されたんじゃないか、
なんてことを考えるわけです。
(厳密な考証ではありません。これから勉強していこうと思います)

そうなると、
日本のケースとどう違うのかと言うと、
例えば
日本語だと、「みる」と表現するものが

英語だと
“look”(注意してみる)
“see”(意識せずにみえる)
“watch”(じっと見守る)
使い分けを迫られるわけです。

もちろん使い分けるということは
それだけ詳細に表現できるということで
良いことですが、

それはそれで日本語2.0であれば、
「見る」
「視る」
「観る」

などで可能なわけです。
(厳密に対応しているというわけではありませんが)

つまり、
「視覚を使って認識する」ことを総じて
「みる」で抽象化でき、

漢字を使えば具体化もできる
まさに具体と抽象の二刀流
大谷翔平的な言語が日本語ってわけ!
(大谷翔平は日本人だから
「大谷翔平的な言語が日本語」って
例えボケが微妙すぎましたけども(笑))

それによって表現の選択肢の幅
日本語だと広いというか、可能性が広いんですね。

あいまいにすることも厳密にすることもできる
その選択を自在に “調節” できる。
(英語表現にこんな抽象的な役割を担えている単語ってあるのかな?
僕が寡聞な面は否めません(汗))

いったん まとめ

ここまで話して理解が深まったところで
敢えてもう一度言うと、

英語と比べたらよりわかるように、
抽象的、つまり曖昧な表現を
単語レベル、言語体系レベルで残しているっていうのは
それだけ奇跡的で、特別だ
(と僕が個人的に感じている)
っていうことをみなさんにも伝えたい。

(「てしまう」「できる」など評価を伴う語り口ですが、これには良し悪しはないと思います。
ただ、それでもなんか個人的には
母国語びいきですが、
そんな日本語が素敵だななんて思うわけです。)

さあ、だいぶ話が世界規模までとっ散らかってしまいましたが、
話を戻すと。

漢字は外国語だということ。
そしてそれを昔の日本人が翻訳したのが訓読み
だから長ったらしい辞書的な意味で覚えるよりも
(もちろんそれも重要だし、
訓読みとセットで覚えると効果倍増なんですが)
まず先に訓読みで
漢字の意味をダイレクトに頭にぶち込みましょう
ということです。

その方が直感に則しているから。
そして、初めて見た熟語になったときも
意味が予測できるようになります。
(これはまさに漢文でやっている
書き下し文と同じなんです)

もっというと
この「漢字の意味をダイレクトに頭にぶち込む」
というのを突き詰めると
語源を調べて覚えるということになります。
僕なんかは訓読みを調べていると、
もっと知りたくなって語源も調べることがよくあります。

簡単で最強な漢字学習法

では、みなさんお待たせいたしました。
訓読みを調べる際の、
スマホ時代とも言える現代における
すごく効率的な、
というよりかはお手軽な方法をお伝えします。

それは

「漢字辞典オンライン」

の活用です!


このサイトで検索すると
常用漢字に載っていない訓読みであっても
▲ 表示(表外読みでほぼ全て載っています。
これを使い倒してみてください。

知っている漢字から始めてみるのもおすすめです。
むしろ意外と知らない訓読みが出てきて、
「ああだからこの熟語でこの漢字が使われてるんだ」
ということがよくあります。

例5)「白」

最近あった例で言うと、
「白」
これは「しろ」と訓みますが、
「もうす(白す)」とも訓むそうです。

それを知って
「あぁ!だから「告白」で「白」が使われるんだ」となりました。
「告げ白す(つげもうす)」わけですね。
(この知識は実は高校の漢文でも習います。
すっかり忘れていました💦)

これをすると
面白いことがあって、
見える世界の解像度が上がるんです。

例6)「透」

例えば人の名前。

特に教員時代、
たくさんの生徒を相手にするので
いろんな素敵な子どもの名前と出会いました。

例えば「透(とおる)」くん。

透明の「透」
と書きます。


訓読みは常用漢字だと
「す(く)」
「す(ける)」

としか訓みませんが、

調べると実は
「とお(る)」
とも確かに訓めるわけです。

「透き通る」の「とおる」は
普通は、
「通行」の「通」
を書くわけですが、
「透き透る」とも書けるわけですね!
漢字が連続してしまいますが(笑)。

余談ですが、
和語では
「すく」「とおる」
含意が多すぎるため

どちらも片方では
あの透明なニュアンスのみ
を厳密に表現できないので、
「すきとおる」という複合語を作ることで
あの透明なニュアンスを
やっと出すことができるんです。

ただ、漢字を用いる日本語2.0では
「すきとおる」
という複合語を造らずとも
「透明」の「透」を当てて
「透く」と書くだけ
見れば一発で伝わるし、

それこそ「透明」と言えば
一発で伝わるわけです。
二刀流すごい!!!

おわり

てなわけで、楽しく面白く知的に、
そして一見遠回りだけど直感的ダイレクトに
“効率的な” 漢字の意味を覚える方法を紹介しました。

合う合わないあると思いますが、
試してみてください!

効率性と言う面で合わなかったとしても
楽しさはあると思うのでぜひやってみてほしい。

そして
漢字の面白さ
日本語の面白さ
言語の面白さについて
語り会えたらハッピーだし、歓喜だし、うれしいです。

じゃあね!

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