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Olympic in 2008(北京オリンピック2008)

2012/07/26

赤々と燃え上がる聖火の炎は人から人へと手渡されイギリス各地を巡った。間もなく、オリンピックが開催される。テレビは連日特集を組み、いやが上にも巷の関心は高まる。今回は何ら問題なく、聖火は20日に予定通り開催地ロンドンに到着した。選手達の健闘を心よりお祈りする。ところで、貴方は覚えているだろうか、4年前のオリンピックを巡るあの“喧噪”のことを・・・
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前回の北京オリンピックの聖火リレーはトラブルの連続だった。中国の国威発揚の思惑もあり、リレーは前例の無い3月31日から130日間という長期間に渡り、世界135都市を経由。しかし、いつもの聖火リレーとは異なり、この大規模リレーは行く先々で凄まじい抗議を受けた。その抗議の発端は、リレー直前に起こった中国政府に対するチベットでの民衆の暴動だった。北京オリンピックが開催される2008年に入り、チベットでの中国政府の圧政への抗議行動は激化し、野火のごとくチベット各地に広がった。この非暴力的な抗議を当局は武力により徹底的に弾圧。この非情且つ理不尽な弾圧は世界中(特に欧米諸国)から反感を買うことになる。

聖火の通る道々では、チベットサポーターを中心に様々なデモが起こり、人権を無視し、少数民族の権利を顧みない中国政府の姿勢に厳しく「NO!」が突きつけられた。折しも北京オリンピックにより中国への関心が更に高まっていたこともあり、各国の主要メディアは連日このニュースを大きく取り上げた。又、YouTubeなど動画投稿サイトでもデモの様子が事細かに伝えられた。長年「チベット問題」をタブー視し取り上げてこなかった日本のマスコミ(特にテレビ)も、ことここに及んで遂に重い腰を上げることになる。

だが、東京や長野を含む世界各地で大規模なデモが起きたにも拘らず、結局、聖火はほぼ予定通りに世界各地を巡り(チベット人の聖山であるチョモランマの頂きにまで!)オリンピックは開催され、中国の大国としての国際的地位は不動なものとなった。一方、チベットで抗議行動を起こした勇気ある人々は当局により投獄され厳しい処罰を受けた(この投獄が何を意味するかは、この拙記事からご推察頂けるだろう)。2008年のこの顛末については以前の諸記事で述べた。________________________________________________________

あれから早4年。あの“喧噪”は昨日の様に鮮明だが、ロンドン五輪を目前とした今、月日の流れを確かに感じる。チベットの状況は悪化の一途だ。当局による締め付けは更に厳しくなり、結果、昨年の3月より焼身による抗議が相次いでいる。この一年余りの短期間に20名以上が自らの身体に火をつけているのだ(その大半が死亡)。 先日17日にも、未だ18歳の若き僧侶(Lobsang Lozin)が焼身自殺を遂げた。近年、この様な抗議行動そしてその数は世界のどこにも見当たらない異常事態だが、日本のマスコミ(特にテレビ)は殆ど伝えない。もともと「チベット問題」など取り上げたく無い彼らの本性が改めて透けて見える(“ロンドンオリンピック特集”番組で前回の北京大会の様子を紹介する際も、決して聖火リレーのごたごたを流すことはない。)。

一方、中国との交渉窓口であるチベット亡命政府は相変わらず実質機能していない。昨年、前首相(著名なリンポチェ(高僧)(Samdhong Rinpoche))の任期満了に伴い、亡命政府の首相にハーバード大出の法学者である一般人(Lobsang Sangay)が難民達による投票により選ばれた。一般人の首相は初めての画期的なことであったため、停滞する「チベット問題」を動かす斬新な政策の発案が期待されたが、今のところ「ダライ・ラマの政策を踏襲する」と表明するのみで、新たな策は出ていない。そのダライ・ラマは長年の政治的役割より昨年退いた。しかし、彼は相変わらず大多数のチベット人より崇敬されるチベットの“シンボル”であり、世界的人脈も有し人気も高い。「チベット問題」を巡る最大のキーパーソンは未だに彼であることに変わりはない。

さて、BBCのインタビューの中で先の民衆による「焼身抗議」についてダライ・ラマはこう答えている。「彼らの勇気は分かるが、当局への抗議行動としてどれほど効果があるのか甚だ疑問だ。もっと知恵を使う必要がある。」長年リーダーとして中国政府との交渉に苦労してきたダライ・ラマの複雑な心境は分からなくも無い。しかし、これが、チベットのために自らの命を投げ出した同朋について語るリーダーの言葉だろうか。メディアで語る言葉としては配慮が足らなさ過ぎる。

彼らは短絡的な衝動により身体に火を付けているのではない。世界が激動する中、北京オリンピック以降急速に失われていく「チベット問題」への世界の関心をつなぎ止めておくため、中国政府に絶対に屈しないという態度を明示するため、何より、何者にも従属しない自由を希求する人間の尊厳を示すために、彼らは明晰な覚悟の上で火を付けているのだ。これは彼らの知恵より生まれた真摯なる非暴力の抵抗だ。「非暴力の抵抗者たちは、いつどこでも平静な心を持って死んでゆくだろうが、侵略者の前にひざまずくことはないだろう」ガンディーのこの言葉が彼らの行為に重なる。

政府の広報機関たる中国のメディアがこの焼身抗議をあたかも国家の治安を乱す“自爆テロ”の様に報道していることには何ら驚きは無い。しかし、欧米の一部のメディアが同じ様に報じているではないか!正に、開いた口が塞がらない。世界市場をねっとりと支配するする大国中国の影響、恐るべし・・・自爆テロなどとんでもない。ベトナム戦争時、ティック・クアン・ドック氏を初めとするベトナムの僧侶、尼僧達が抗議の焼身自殺を遂げた。かのチベット人達の行為は、そのベトナム人達に連なる究極の非暴力的抗議なのだ。
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88年、ダライ・ラマはインド亡命以来保持してきたチベット独立政策を放棄した。それ以降、度々の主張のばらつきや言動の不一致等“迷走”が続いている。そこには、彼が敬慕するガンジーが示した様な厳格な一貫した姿勢は見られない。2007年の米議会からの受勲という“失態”もその一つだ。「ダライ・ラマが何をしたいのか全く見えない。彼も単なる政治家なのか?」。先日、チベット問題の今後を話していた際、世界屈指の研究機関トロント大学で中国近代史の教鞭を執る友人はこう話した。同感だ。中国政府の悪行は言わずもがなだが、ダライ・ラマや亡命政府の迷走が、当局の不当統治を許しチベットの悲劇を長引かせている要因の一つだとも言える。自らの生命を投げ打ってチベットを取り戻そうとする「焼身抗議者」の覚悟を、彼らは果たして真に共有できているのだろうか。

先のガンディーの言葉は以下のように続いている。「非暴力の抵抗者は、甘い約束事に騙されるようなことはないだろう。また、第三者の助けを借りて、英国の軛から解放されることを求めたりはしない。彼らは自らの闘いの方法に絶対的な信念を持ち、他の方法を顧みることはない」。ダライ・ラマを初めとする亡命政府の関係者や難民達は、ガンディーのこの言葉を肝に銘じて、今こそ、59年の亡命直後から約30年にも渡り保持していたチベット独立の原点に立ち返るべきだ。それこそが、商業主義に染まるオリンピックの聖火を遥かに凌ぐ真の世界の希望と平和の「光」になることを私は信じて疑わない。
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チベットで大騒乱が起きた2008年のブログ記事内で幾度となく紹介してきたガンディーの言葉を、あのオリンピックの喧噪の意味を忘れない為にも、再度、「インド」の箇所を「チベット」に変えて記しておく:

「もし、チベットが非暴力の手段によって自由をとりかえすことに成功したならば、チベットは、自由のために闘っている他の民族にメッセージを送ったことになるだろう。いや、おそらくはそれ以上に、世界平和にとって未だ知られていない最大の貢献を果たしたことになるだろう」

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