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J子

中学一年生 始業式

夏休みが明けたことを嬉しく思いながら、それでもやはり、長い通学路を憂いて、歩く。

買い食いは帰り道にするのが相場だが、なんの気の迷いか、登校前にコーラをひとつ購入。そして通学路を闊歩。
コーラは特別に好きな飲み物ではなく、ただ何となくジャンクな感じがするから買ったくらいであった。


始業式というのは全くつまらないものである。ただ、ほんの1ヶ月で少し変化があったようなクラスメイトを眺めるのは、少し面白かったりもする。

(隣の席の白河。細くて白くて声が小さいけれど、夏休み明けて、なんか、、黒くなった?)


帰りの会。
「さようなら〜」
放課後清掃のために、椅子を机の上にあげて、後ろに下げる習慣。
私は教卓の目の前、一番前の席のため、後ろの人が早くさげてくれないと帰れない。
(ああ、早く帰りたいなあ。)

「A子、ちょっと職員室ついてきてくれ。」
強面のクラス担任。

(あー終わった。絶対コーラを怒られるんだ。てか学校に財布持ってきてる時点で怒られる。やだな。)

「はい、、席下げてからでいいですか、、」
「隣の席のやつに頼んでいいぞ。」

「ごめん、白河、一緒に下げてくれる?」
「あぁ、いいよ、」
「ごめん、ありがとう。」

1年1組教室から職員室までは、少し遠い。
この後怒られるのかあ、と思いながら歩くと、余計遠い。

コンコン
「失礼します。」
コーヒーの匂いが強すぎる。

強面担任の席は左側のはずである。けれど彼がその時向かったのは、右側だった。
(待ってまって、そっちには校長室しかないよ。え?校長先生直々にコーラ没収されるの??)

コンコン
「失礼します。」
とうとう校長室に着いてしまった。




それからの記憶は倍速再生である。

理解が追いつく前に事が進んでいった。


まず、コーラは没収されなかった。
そもそも話題にも上がらなかった。


校長室には大人が沢山居た。校長先生の顔は覚えていないから、あの3人の大人のうちのどれか1人が校長先生だったはずである。
強面担任は、4人がけのソファに余って、ずっときまり悪そうに端に立っていた。初めて見る、悲しい、優しい顔をしていたのが印象的であった。

児童相談所から来たという大人ふたりは、いかにも私の事を気にかけている風にゆっくりと話をしてくれた。

ふたりには本当に申し訳ないが、3割ほどしか耳に入らなかった。
(泣きたくない泣きたくない泣きたくない)
そればかり考えていたからである。
まあ終始しゃくり泣いていたのだけれど。

ここで変なプライドのために注を挟みたいのは、なにも悲しくて辛くて泣いていたわけでは無いのである。自分でもなんで泣いてるか分からないけれど、とにかくしゃくり泣いているのである。
本当は喋りたいことがたくさんあるのに、「悲しくて辛くて泣いているわけではないので、お気になさらず。」くらい言いたいのに、なにひとつもまともに話せなくなるのが本当に悔しかった。
私はいつも、そうだった。

聞きとれた3割で理解したのは、こう。
・今からあなたを、児童相談所が一時保護します。
・同意がとれたら、このままタクシーで施設に直接向かいます。
・親御さんに連絡がつかないため、学校に直接来ました。

こう淡々と描いてしまうとなんだかニュアンスも変わってくるが、これらの事をすごく丁寧に、適宜こちらに確認や同意を取りながら、話してくださった。
ありがとうございます。3割しか聞いてなくてごめんなさい。

一通り話を聞いて、泣いて、顔を上げたら、強面の担任の先生がまだ悲しい、優しい顔をしていたから、私はそれが少し、恥ずかしかった。


「校門の前にタクシー止めてあるけど、大丈夫?場所変える?」
友達に見られないように、という配慮だろう。
「いや、そのままで大丈夫です。」
強がりだ。本当は裏門に変えてほしかった。

「あれ、J子どこ行くの?」
掃除当番のクラスメイトと鉢合わせる。
少し目の赤い同級生が、大人に連れられてどこかに行こうとしているのは、どうにも怪しすぎた。そしてその先にあるのは、タクシーだ。中学生にとっては、ほどほどの事件。
「ちょっと、そこまでね。」
「ふーん」
ごまかすのも明るくふるまうのも下手すぎるが、そのおかげでそれ以上は誰も何も聞けない。
私は、自分の話に触れさせないのが得意だった。


タクシーの中での会話や雰囲気は忘れた。
施設につく前に、タクシーが少し迷っていたのは覚えている。

まだ外が明るいうち(夏はそれがありがたい)に、小さなおうちについた。思っていた”施設”とは違うアットホーム感。

だからと言って安心するなどということはないのだけれど。







あっという間で戦慄な記憶。
これは J子 の話。

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