「韓国併合」の言葉を作った外務省政務局長の証言

今日の『朝日新聞』の社説「文大統領会見 解決へ実効的な行動を」。
あまりの上から目線っぷりに辟易した。

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日韓の対立の根底にあるのは、大日本帝国が朝鮮半島に対して行った侵略戦争と植民地支配の歴史を、いまの日本政府が認識していないことである。多くの日本人も「慰安婦」問題や徴用工問題は「解決済み」だと思い込んでいる(思い込みたがっている)。
まずは、近代日本が朝鮮に対して何をしたのか、その事実を知ることから始めなければならないと思う。

参考までに、「韓国併合」の言葉を作った倉知鉄吉・外務省政務局長の証言を引いておく(中塚明『これだけは知っておきたい日本と韓国・朝鮮の歴史』から抜粋)。
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 当時、日本では官庁や民間で韓国併合の議論が少なくなかったが、併合とはなにを意味するのか、まだ十分明らかではなかった。中には日本と韓国が対等で一つの国にまとまるというような考えもあり、またオーストリア皇帝がハンガリー王を兼ねている、そんな種類の国家をつくるように理解しているものもあった。したがって文字もまた「合邦」とか「合併」の字をもちいていた。しかし、自分は「韓国が全然廃滅に帰して帝国領土の一部となる」(韓国という国がすっかり滅んでなくなり、日本帝国の領土の一部となる)という意味を明確にすると同時に、その「言葉の調子があまり過激にならないような文字を選ぼう」と思い、いろいろ苦心したが最後まで適当な文字を見出せなかった。それで当時まだ一般にはもちいられていなかった文字を選ぶのが得策だと考え、「併合」という文字を閣議決定の文書にもちいた。これより以後、公文書には常に「併合」の文字をもちいることになった。(春畝公追頒会『伊藤博文伝』下、一九四〇年。原文をわかりやすく現代文にしました。)
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