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何を笑い話にしようか。

今からちょうど3ヶ月ぐらい前、
まだ緊急事態宣言がホットワードだった頃。

僕は、在宅勤務で生活リズムが崩れに崩れ、
Bump of chickenならフミキリに向かって望遠鏡を担いでいたであろう
平日の深夜2時ごろにYoutubeを見漁る生活を送っていた。

そんな中、youtubeのオススメ欄に
見たことがあるようなサムネイルがひとつ。

アニメっぽいイラストに「crystal-z Sai no Kawara」という
よく分からないタイトル。

昼間の自分であれば適当に次の動画を検索していたであろうが、
寝れない状態の自分は流れてくるものを何一つ拒まず、
柳のように受け入れる仙人のような境地にいたため、当たり前のように
その動画を再生した。

それが、この動画である。

※この後、僕がお話しする内容は多分にネタバレを含んでいるので
できれば先に動画を見ていただけると嬉しいです。

見て頂けた方の感想は人によって色々あるかとは思うが
ゆったりとした聴き心地の良いビート。
そこにつらつらと綴られる独白のようなラップ。

僕は、最初に聴き始めた瞬間の感想は「あー、結構好きだなー」
ぐらいの、薄〜いものだった。

だが、聴き進めていくと、曲の終盤で突然アナウンサーの音声で

「合格点に達していたことが分かりました」
「合格点に達していたことが分かりました」
「合格点に達していたことが分かりました」

というフレーズと共に後ろで流れていたメロディーが終わり
生っぽい、恐らくある程度年齢のいっているであろう男性の
会話が流れ、咀嚼しきれない程の情報と違和感を残して
この曲が終わりを迎えた。

「え???そういうこと?嘘でしょ?」
無意識にその言葉が口から出ていた。

その瞬間、僕は次の動画に移りそうになっていた画面を止め
「もう一回みる」ボタンを即座に押していた。
それは、ミステリー小説を読み終わった後に伏線を確認しに行くあの感覚にかなり似ていた。
唯一違うのは、今回はそのミステリーの結末がまだ分かっていないことであった。

何度も聞き、コメント欄も読んでいるうちに、
この曲に込められているメッセージが理解できた。

年齢のハンデ? 夢にさえ思わねえ
ゴールテープごとずらされるなんて
(歌詞より抜粋)

これは、医学部受験をしていた男性に起きた
「受験における年齢差別」という実体験を元にしている曲であったのだ。
※実際に起きた事件の記事は下記
https://www.asahi.com/articles/ASMDN7GF6MDNUTIL05L.html

関西のうどんぐらい薄い感想を抱いていた当初から
この曲、そして作者に対する印象は全く異なるものになっていた。

ストーリー自体は医者を目指した30歳の元アーティストの方が
医学部を目指し1度は落ちるものの、
「地方大学の合格」と「東京での彼女との生活」を天秤にかけ
夢を追いかけて地方大学に合格するというものである。

ここだけ聞くと、よくあると言ってはアレだが、
お涙頂戴の物語だなと思ってしまうのも仕方がない。
だが、最後でこの曲がノンフィクションだったと気づく。

正直、開いた口が塞がらなかったし、その後には興奮が収まらなかった。
半沢直樹が大和田常務に土下座させた時よりはるかに興奮した。

sai no kawara というタイトルに始まり
バチバチに固いライミング
映像の中に散りばめられている小技の応酬
そして何より、僕が興奮を抑えきれなかったのは
自分自身に降りかかっていた苦難を作品に昇華するセンス
である。

「今では笑い話なんだけどさ」という出だしで始まる語りは
みんな1つぐらい持っているものだが、本当に苦しかったことは
どこか悲壮感が醸し出されてしまうものだと思う。

それなのに、この曲は作品として素晴らしいだけでなく
聴く人に少なからず頑張ろうと思わせる力がある。

ミーハーかつ、色んなものに興味が移る性格もあってHIPHOPもそれなりに聞いてきたのだが、この曲はただ聴き心地が良いとか、歌詞の表現が素敵、とかそういったレベルを超えたものに感じられた。

HIPHOPというものにあまり触れていない読者の方に説明すると
そのものHIPHOPというものは、ニューヨークのブロンクスという地区で
生まれた文化の総称である。

ヒップホップ (hip hop) は1970年代のアメリカ合衆国ニューヨークのブロンクス区で、アフロ・アメリカンやカリビアン・アメリカン、ヒスパニック系の住民のコミュニティで行われていたブロックパーティから生まれた文化。アフリカ・バンバータによる造語であり、「アフロ・アメリカンが、文化(音楽、ファッション、アート)を取り入れ、新しいスタイルを生み出すこと」をヒップホップ(hipもhopも弾ける、躍動するという意味)と呼称したのが始まりである。
(wikipediaより引用)

そのHIPHOPというカルチャーを語る上で外せない人物として
アフリカ・バンバータと言う人物がいる。
※HIPHOP界の重鎮ぐらいに考えておいてください
彼はThe Zulu Nationという組織を立ち上げるのですが、その時に
こんな言葉を残しています。

我々がHip Hopを形にした時に、
この文化活動がPeace(平和)、Love(愛)、Unity(結束)
そしてHaving Fun(楽しむ事)を目的とした活動であり、
それがストリートを蝕む暴力や抗争、楽物の乱用、人種間の葛藤や
自己嫌悪等のネガティブな物から離れさせてくれるだろう。
文化が発展してもまだネガティブな事は起きているが、
我々がこの文化をポジティブに進める事は、
対立を緩和するのに大きな役割を担っている。
社会での自覚や理解力、自由に公正、平等。
挑戦する意欲や責任感にリスペクト。果ては経済や科学、生命まで。

Hip Hopがこれらの概念を達成、または理解する為の手段に必ずなると
信じてHip Hopを普及させようとしている。
(https://pc11.jp/hiphop-history-1/ より引用)


なんで、こんな大層な文章を引っ張ってきたかと言うと
「sai no kawara」は現代のHIPHOPミュージックの中でも
社会問題の当事者本人がそのことを曲にした事例として大きな意味があると思ったからだ。

平等であるはずの大学入試で、年齢差別や女性差別があったという
ニュースから丸2年。
当時よく報道を目にし、疑問や憤りを感じていたとしても、
多くの人は時間の経過と共に忘れかけていたであろう。
僕もそのうちの一人だ。

だが、crystal-zさんはこの事件を風化させないように、
様々な工夫を詰め込んで「作品」として昇華させた。

世間にとっては「過去のニュース」であったとしても、
当事者にとっては現在進行形で残り続ける。
恐らく今も納得はしていないだろうし、
本人の中で消化できていないかもしれない。
それでも、曲にすることで、社会に対して一石を投じた。
そんな姿勢に僕は少なからず背中を押された気がした。
いまだに生活リズムは治らないけれど。

どんなドラマよりもドラマチックなこの1本の動画。
事実は小説より奇なり
とはよく言うが、この言葉がここまで染みる夜も珍しかった。

今までにないくらい、気持ちのこもった「マジ.....?」をつぶやいた
平日の深夜3時。寝不足だが、次の日も頑張ろうと思えた。


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