21世紀は「富の再分配」の時代

と、そうなりたいのです。その論調が、リンクの記事だと解釈しています。

「株主第一主義から、顧客や従業員、取引先、地域社会といった利害関係者に広く配慮し、長期に企業価値を高める」

「米調査会社13Dグローバル・ストラテジー・アンド・リサーチによると、こうした政界の動きは『富の集積から富の分散に向かう局面と完全に一致』している」

右派左派に関わりなく「富の分配」への道は開かれ、中道がそれをリードする政治となるかどうか。それを左右するのが、「庶民の堪忍袋」の緒の強さ。

みんな、どこかイライラしている。原因は様々ですけれど、「不満」である日常があります。その不満が何かのきっかけで爆発する。一番のきっかけは、不景気でしょう。不景気も様々な ”感じ方” があり、ある人には「ちょっと、困ったなぁ」と思う程度でも、ある人には「あっ、今日、金(人生)が尽きる・・・」という事かもしれません。その感じ方の強い人々が大声で「不景気なんとかしてくれぇ!」と叫べば、然程感じなかった人々も「この先、やばいかもしれない」と消費を抑える行動に出ます。

そこで、極端に偏った富の在り方に矛先が向くわけです。政治が対処を誤れば、不満の塊となって21世紀が混とんとした時代となってしまいます。

真に、「需要と供給と満足」を追い求める「生産と消費と生活」をぐるぐる回さなければ、21世紀は終わってしまう。軋みがちな経済を潤滑にさせる魔法が「富の再分配」だと確信しています。そして、それが長続きするように、「機会均等」を維持し続ける社会運営が必要。

これは、先進国の間だけ潤滑であっても長続きしない。発展途上の国々が権力や富の集中をもたらさない社会構造であることが大切です。外国の利益追求で国が翻弄されることのない国民主権の社会構造になって、初めて世界が潤滑な社会構造となるのです。

そのためには、世界で共通に利用できる通貨も必要と考えています。どんな形態になるのかは不明ですが、国家間で格差を生まない、価値観を平等に表現できる通貨。これが血液となり、世界が機会均等な発展を遂げるのだと思うのです。やがて、共通通貨による「富の再分配」が自然発生的に興るのだろうと夢想しています。

鶏と卵。政治が先か通貨が先か。どちらから発生しても、あたらしい世界の在り方を模索することは、もう、始まっているのです。


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