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『大人の学び』

「あなたがレストランやカフェのオーナーだとして、難しいフレーズは弾けるけれど途中で何度も演奏が止まってしまうピアニストと、基本的な事しかできないけれど最後まで曲を美しく演奏しきれるピアニスト。さて、どちらを雇う?」

妻は、ホテルやレストラン、結婚式の披露宴等でピアニストとして生演奏をしてきた長年の経験を活かし、大人を対象にピアノを教えている。生徒は、プロ志望の二十代~四十代や、趣味で楽しむ五十代~七十代。子供向けのレッスンであれば想像に難くないが、相手が大人となると話は複雑だ。演奏指導をすると、反対に「自分はこうやってきた」などと武勇伝を披露してくる生徒や、一曲を弾きこなせていなくても、次々に新曲を弾きたいと言う生徒など、自分の考えとペースで物事を進めたいという大人が多いのだそうだ。

月二回、京都から片道二時間半かけて通ってくる行動力のある生徒がいた。難しいフレーズに挑戦する姿勢や、早くプロになりたいという意気込みは大きいものの、この仕事を志望する上で本質的な部分が足りていない。テクニックばかりを求めすぎて、曲としての完成度が上がらない彼女に対し、妻が問いかけたのが冒頭の言葉だった。

生徒が子供の場合、年齢が低いほど前知識を持たないため、先生の指導の全てを真っ直ぐ受け止めて習得し、上達していく。先生の模倣だったのが、いつの間にか先生を超える存在へと成長していく。他方大人は、年齢が高くなるほどそれまでに学んだ知識、経験から培った『自己流』から離れられず、先生の指導を『自己流』の『付け足し』として学ぼうとする。根っこが自己流では、いつまで経っても先生を超えられないどころか、模倣すら成し得ないということになる。

『アンラーニング』という言葉をご存じだろうか。古い知識やスキルを捨て、新しいものを取り込もうという意味で使われるのだが、これこそ正に『大人の学び』に最も必要なことだ。上達する生徒というのは、年齢に関係なく、先生の指導を全て受け入れる。それまでに築き上げてきた知識やスキル、自信やプライドは、いったん捨てる(脇に置く)。そうすることで、経験に邪魔をされずにゼロからの学びが実践できる。そして、実力がついた後になって初めて、それまで自身が培ったものとミックスさせていくのだ。

いったん捨てるという決断。『大人の学び』を体得できた生徒との【縁】は長く続くのであろう。

[2023年度・小学校PTA会報寄稿文]

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