chapter.4 猫が喜ぶ、猫の舌
動物病院の待合室は好きじゃない。
ここにいる動物たちは皆んな怯えてて、落ち着きがない。
ずっと鳴いてる子もいる。
ここは完全予約制だから、それ程長く居るわけじゃないけど、僕はいつも来た途端に帰りたくなる。
まぁ、今日は予防接種の日だから、僕を含めた飼い主たちは、いつもよりは落ち着いていられるんだけど…。
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待合室の中に居るのは、僕を含めて3人と3匹。
この病院は猫と犬の予防接種の時間帯を分けてるから、連れているのはたぶん、みんな猫だ。
隣に居る人は、さっきからキャリーケースのフタを開けて、中の猫にしきりに話しかけている。
ラグビー選手みたいな体なのに、すごく優しい声。
きっといい飼い主さんなんだろうな。
あ、隣の人、リュックから何か取り出した。
なんだろアレ。
靴ベラみたいな形…
ザラザラしてる…やすり?
こんな所で?
あ、やすりをキャリーバックの中に入れた!
・
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ん?
あれ?
キャリーバックの中から猫のゴロゴロが聞こえてくる…
なんだろアレ。
なんだろ!
気になる!
すごく気になる!
「あの…
それ、何やってるんですか?」
しまった。
こんな所で思わず話しかけてしまった。
知らない人に…
「ん? あ、これ?
これはね、ねこじゃすり といってね、猫のグルーミングみたいな事をしてあげるモノなんだよ。
ほら、猫の舌みたいな形してるだろ?
ザラザラしてる方で顎の下撫でてやると喜ぶんだ。
自分じゃ顎の下は舐められないからね。」
その人はやっぱり優しい声で答えてくれた。
「へぇー!
中の子、それ、相当好きなんですね。
こんな所でもゴロゴロいっちゃうなんて。」
「まぁね。
条件反射、みたいな?」
「あぁ、指先出すと思わずツンしちゃうみたいな?」
「あはは、そうそう。
こういう所ではさ、できるだけリラックスさせてやりたいだろ?」
「わかります!」
「まぁ、この子にとってココはホームみたいなもんだけどね。」
「え?」
・
・
カタン と診察室のドアが開いて中から先生が現れた。
「お待たせ、湊。
ベル、連れてきてくれる?」
「おお。頼む。」
ん?
え?
隣の人、なんで先生に名前で呼ばれてるの?
なんでタメ口なの?
友達…なの?
先生と隣の人の顔を見比べながら、僕が目をパチパチさせていると
「きみ、名前は?」
隣の人はクスッと笑いながら聞いてきた。
「た、拓海です。佐伯拓海。」
「僕は、高田湊。
ここの先生とはちょっとした…知り合いなんだ。
また会おうな、拓海くん。
あ、そうか。
ここでは度々会っちゃまずいのか!」
そう言って高田さんは、アハハと笑った。
「あ、はい。
また…つ、次の予防接種で…」
僕はそう言って、脇に抱えたキャリーバックの中を指さした。
・
・
先生と高田さんは、どんな知り合いなんだろう…
どんな…
あ、いとこ…だったりして。
僕はそんな事を考えながら、スマホにメモをした。
「ねこじゃすり」
ママが戻って来たら話してみよう。
こいつも喜ぶかな…
ゴロゴロいうかな…
ふふん。情報をインプットする所としては悪くないかもな。動物病院は…。
不機嫌そうな顔でじっとうずくまっている猫を覗き込みながら、僕はそんな事を考えていた。
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