対人社会サービスが基盤産業となる貨幣的条件

ちょっと故あって介護労働者の賃金水準のことについて少し調べていました。政府は処遇改善加算をして雇用環境の底上げを図ってきたわけですが、実態がどうなっているのかというのは、準市場においてはそれぞれの社会福祉法人等の俸給表などによるのであって、必ずしも賃金に直接反映されるとは限らないからです。山田先生らの研究では、介護労働の賃金が相対的に低いのは勤務年数が短いからなんだというのがあったわけですが、そういうことが起こるのは公務員とは異なり、俸給表はそれぞれの法人で用意されていて、運用は現場に任されているからなんですね。

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で、介護労働者の賃金はどうなっているのかというと、上がっている。これが確認できたので少し救われましたが、平均年齢43歳で380万円程度の年収だと、子どもを育てるのはかなり厳しい、と42歳の自分は思うわけです。生きていけないわけじゃないけど、外食したり習い事させたり、子どもの服を買うのも躊躇われるし、いい靴を買ってあげたくてもしんどい。もちろん、友人たちと飲みに行ったり旅行に行ったりというアクティビティなんかできっこない。このような介護の仕事が、2010年代に最も増えた雇用であって、リーサスなんか見るとわかるけど多くの地方都市では主要な働き場所になっているわけですね。ここで賃金水準をベースで上げつつ、スキルアップ&経験年数アップとともに昇級できるシステムが大事だということは長年言い続けてきているわけで、それはまぁ同一労働同一賃金の研究をしている人などとほとんど意見は同じなわけで別にオリジナリティがあるわけじゃないんだけど、話はここから先に展開するのです。

上記の表だけ見て、介護労働分野が90万人の新しい雇用と少なくとも4000億円の付加価値増をもたらしたことが分かるわけです。微妙なのは資源制約を考えると、より高い付加価値の働き口から労働力を奪ってきてやしないか?ということはなきにしもあらずなんですけど、どちらかというと(そこそこいい賃金)働く場所がないということの方が地方では切実なので、無視できるとしておきましょう。とすると、大きな需要拡大が見込まれる産業である、すなわち経済成長の原動力になりうる、ということになります。介護分野で平均賃金をあげていくことが、経済成長戦略・産業戦略となるということなんですね。需要はある、労働力も余剰気味である、特にIT化が進みAIに労働が代替される局面では、ということです。

とすると鍵になるのが、貨幣的側面です。ある地域に着目して、地域外から貨幣を獲得してくる産業のことを基盤産業と呼びます。地域には基盤産業と非基盤産業があります。基盤産業が他の地域から貨幣を獲得してくる、つまり一般的にはその地域で消費できないくらいの財とサービスを生産し、他国や他の地域に輸出したり移出したりし、非基盤産業が輸入したり移入したりする。これが地域経済の姿なんですね。一般的に、一国の経済よりも、地域経済の方が他地域への経済的な依存度が高い、つまり多くの移入を必要としているわけです。これは単位を小さくすればするほど成立するため、国より都道府県、都道府県より区市町村の方が他地域との経済的な相互浸透が深い、ということを示しています。基盤産業こそが地域経済の文字通り基盤になっているということを考えると、介護は基盤産業なのか、非基盤産業なのかということが鍵になってくることがわかります。GoToやらインバウンドやらに焦点を当てるのは、こういう背景があるからなんですね。観光業は基盤産業なんです。

一般的に考えて、介護は非基盤産業です。当該地域で消費しきれないほどの生産を行っているか、域外に販売しているかでいうと、当然ですがほとんどそんなことはないからです。ほとんどと書くのは、他地域のご老人を受け入れるということが皆無ではないからです。まぁそれはいい。問題は、ここに財政調整を入れるとどうなるのか、ということです。介護保険では原則的に1割が自己負担、残りのうち半分が地域住民の保険料、残りの半分のが国庫負担、その残りを都道府県と区市町村が半分ずつ、ということになります。国庫の支出は他地域での税収や国債であると考えれば、22.5%は他地域からの貨幣の流入を伴っている、つまり部分的に基盤産業としての機能があるということになるんですね。もっとも、国税の税収というのは存在していて、しかも都市部に偏っているわけですから、都市部ではむしろ多く払った割に対して消費できずに貨幣の流出を伴う非基盤産業であって、農村部では基盤産業となっているという評価がより正確ということになりましょう。

これを、拡大して定量的に実証する、というのが現在のテーマなんですが、これがまた受けが悪くて、かえって自信をつけているところです(苦笑。理解されないって、ちょっとビッグになった気になりますよね。(そう考えないと挫けちゃう。)で、定量的な実証はほぼできる段階にあるとして、上記のような考え方は、産業論上の超重要ポイントだ、というのが最後の主張ポイントです。つまり、産業というのは基盤産業と非基盤産業があって、国レベルで見ると輸出や所得移転を通じて、いかに外貨を獲得できるか、輸入を維持できる程度の外貨を持っていられるか、という産業論と、非基盤産業として雇用を発生させつつ大部分の付加価値生産を叩き出すか、という産業論を組み合わせる必要がある。もっとも、国際的には激しい経済競争が行われていて、高い技術力を背景とした特殊な製品を製造するか(日本だと生産用機械などがこの分野にあたる、EUも同じ)、安価に生産できるか(なるべくオートメーション化して人を雇わないで済ます)がポイントとなりますから、一国レベルでの基盤産業は雇用政策にはならない、ということになります。

地域経済はここに入子状になっていて、財政調整やFIT等の政府による移転を含めた基盤産業と非基盤産業のバランスを取るのか、ということになるというパースペクティブが見えてくるわけです。多くの地方では、政府部門が基盤産業になっている場合が多いんですが、これは大きな雇用源になるわけですから、経済成長の鍵になる、ということなんです。そしてこれこそが、『地域再生の経済学』で対人社会サービスが地域の重要な産業になる、ということの発展系なんです。スウェーデンでは地方税がデカくて、自治を通じたケア産業の育成が行われている、対人社会サービスこそが地域の雇用の未来だ、と論じているんですが、おそらく間違っている。貨幣の流入を伴う基盤産業化こそが、地域経済の存立基盤なのであって、政府間財政関係こそが、その謎をとく鍵だ、ということなんです。いかがでしょう、この仮説。もう少し、うまい表現があるといいと思うんですけどね。基盤産業だ!は言い過ぎで、基盤産業的になったり非基盤産業的になったりするが、そのポイントは財政調整だ、とでも表現した方が良いかも知れません。

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