出来ると思うから、出来るようになる。



週に一度は投稿出来れば、と思いつつ、間が空いてしまった。

久々の投稿である。

自分の趣味の一つに「ゆる体操」がある。

いや、趣味じゃないな、もうライフワークと言った方が
いいかもしれない。ゆる体操に関しては「鍛錬」という単語を
自分の中で使ってしまう位である。


創始者の高岡英夫先生が、書籍を出しているので
読者の方もご存じ方もいるかもしれない。


一見優しそうに見えるこの体操(いや、ホントに優しいんだが)
実は深めようと思えば、凄いところまで深めることが出来るようになっている。


自分としては、その深めることが出来るところが魅力的で
続けているのだが、どうしても暗礁に乗り上げてしまう事が多い。


生来の性格や、育った環境、自身の身体的特質なども
関係しているのだが、一番は


「そんなこと言われても・・・・・」


という思考、意識である。


後に続く言葉は

自分にはできない

難しい

ホントに出来んの?

かな、そういう意識、思考がムクムクと出てきてしまう。


でも、これっておかしいという事に最近気づいた。

だって、「それをやっているのは誰→俺じゃん!」

というシンプルなことである、そうお金払ってるのは、両親ではなく
自分の給料からレッスン代を支払っている。


だったら、答えは簡単である


「きっと出来るようになる」と思うこと。


実は、これある方の書籍に書かれていた事で
意識が「出来るかもしれない」という方向に向くと
不思議なことに出来るようになる・・・というくだりを
思い出したのだ。


そのおかげか、ゆる体操の効果も行きつ戻りつレベルだが
少しずつ進化し、日常生活にもプラスの影響が感じることが出来つつある。


もっと早くにこのことに気づけばよかったと思うが、
まあ、今のこのタイミングというのもきっと意味が有るんだろうな
そう思う事にしよう、俺の基準で(笑)


そんな自分の目下の課題は、1年後に向けて
過去の怒りの感情をどう昇華(成仏?)させるかである。

これも結構根強い、小さいころからいじめられ、プラス
両親の厳しい愛の鞭が有ったから、この怒りが「これが俺だ!!!」
と内側で黒いマグマが煮えたぎっているのだ。


でも、大丈夫、きっとこれも克服できるだろう。

だって「出来ると思うから」。


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