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空へ…

先日、祖母が亡くなった。

共稼ぎだった両親の代わりに俺を育ててくれた人。
俺にとって母親だった。

煙草と酒と駄菓子、そんな小さな商店を一人で切り盛りしていた。
合間には畑で育てた野菜を近所に配り歩く。

働き者だった。

そして、
どこへ行くのも俺を連れて行った。

保育園に入り、小柄だった俺はいじめっ子に泣かされたことがあったそうだ。

ばーちゃんは、
「うちの孫を何でいじめた!」
「孫に謝れ!」
そう言って、いじめっ子の家に乗り込んだらしい。

俺に対して、かなり過保護だったと思う。
兄弟たちとは違う扱いだったことを、子供ながらに感じていた。
「あんたは宝物のようにばーちゃんに育てられた」
周りの大人たちは口を揃えて言った。

ヤンチャ盛りになり、仲間と夜遅くまで遊ぶようになった。
集まる場所は、最寄り駅。
それを知っているばーちゃんは、夜9時を過ぎると決まって迎えに来た。

恥ずかしかった。
素っ気ない態度をとり、毎日追い返した。
時には怒鳴ってしまうこともあった。

「ばーちゃんが育てたからKが悪い子に育ってしまった」
よくばーちゃんは言っていた。
俺に辛く当たられた日は決まって仏壇に向かい、
「早く迎えに来てくれ」と
先に亡くなったじーちゃんに話しかけていた。

俺は良い孫ではなかった。
1番可愛がられていたのに、
酷い事をたくさん言って…1番傷付けた。

所帯を持ってからは、ばーちゃんのいる実家とは離れて暮らしていた。
頻繁ではなかったかもしれないが、年に何回もばーちゃんに会いに行っていた。

母の日は、母親とばーちゃんに花を買って行った。
ばーちゃんも俺の母親だから。

数年前からばーちゃんに認知症の症状が出始めた。
トンチンカンなことを話すようになった。
人の顔もどんどん忘れていった。
でも、
たまにしか会わない俺のことを最後まで忘れなかった。

症状が進行し、自宅での介護が不可能になり、施設へ入ることになった。
施設に入ると程なく…
ばーちゃんは、俺のことを忘れた。

その後コロナウイルスが世間を騒がし、面会を禁じられた。
ばーちゃんには、一切会えなくなった。
たまに施設から渡される写真でしか、ばーちゃんの元気な姿を確認できなかった。

でも、
たとえ俺のことを忘れても、たとえ何年会えなくても
この世界にばーちゃんが存在している、それだけで良かった。
それだけで頑張れた。

風邪も引かない程、昔から体が強いばーちゃん。
自由に会いに行けるようになる日まで、生きていると思っていた。

先月、施設から連絡が入った。
ばーちゃんは食べることさえも忘れてしまった。

飲まず食わずになった人間は、1週間から10日程しか生きられない。
ばーちゃんはその日に個室に移動となり、家族の面会が許された。

亡くなる前に会ってやってください、ということだ。

延命措置を取ることも可能だった。
でも家族で話し合い、しないことにした。

ばーちゃんは高齢な上、認知症以外の病気はない。
老衰に向かい死に行く体。
それを無理矢理にこの世に引き留めるのは、肉体的にとても辛いことらしい。

枯れるように死んでいく。
それが人体には1番楽な死に方だそうだ。


連絡を受けたその日の仕事帰り、すぐに施設へ向かった。
数年ぶりのばーちゃんとの再会。
痩せてこそいたが、肌艶も良く、死に行く人間にはとても見えなかった。

俺をしっかりと見つめ、微かに手を動かそうとしているのがわかった。
俺はばーちゃんの手を撫でながら、話しかけた。
途中、何か言いたげに口を大きく開けたが、声にはならなかった。
ばーちゃんは、思うように体を動かすこともできなくなっていた。

1時間程一緒にいただろうか。
また明日来るよ
そう言い、施設を後にした。

…その4時間後、ばーちゃんは息を引き取った。

連絡を受けて、家族みんなが駆け付けた。
でも、誰も間に合わなかった。

俺が施設に到着した時、ばーちゃんはまだ温かかった。

明日も来るって言ったのに!
なんでもう少し待てなかった?
なんで一人で死んじゃったんだ?

涙と一緒に、そんな言葉がこぼれた。

でもばーちゃんの顔を見て、それ以上責めるのを止めた。
笑顔ともとれるような、優しい顔をしていたから。

痛くも苦しくもなく、逝ったんだと思った。
先に空に行った、じーちゃんや子供や兄弟たち。
ばーちゃんの大切な人たちが、迎えに来てくれたのかもしれないと思った。


丸2日ばーちゃんの所に泊まり、一緒に過ごした。
こんなに長くばーちゃんといたのはいつぶりだろう。

お骨になったばーちゃんはとても小さかった。
箸で拾うものとばかり思っていたが、手で拾ってもいいと葬儀屋に言われた。
今にも崩れそうなお骨を、手で優しく拾った。

拾い終わった右手の指先に、砂のようなお骨がついていた。
よく見ると、キラキラと光って見えた。
右手の指先のそのキラキラ光るばーちゃんを、左手の甲に擦り込んだ。
あまりに念入りに擦り込んでいたから、家族には笑われてしまったけど。

あれから、ばーちゃんは一度も夢に出てきてくれない。
認知症の体から抜け出したのに、俺のことは忘れたままなのだろうか。
それとも、良い孫ではなかった俺を見放したのだろうか。

俺はまだ、そっちに行くつもりはない。
こっちには俺の大切な人たちがたくさんいるから。
でももしその時が来たらさ、
ばーちゃん、俺を迎えに来てよ。 
もう素っ気ない態度で追い返したりしないから。
怒鳴ったりなんてしないからさ。

じーちゃんになった俺の手を引いて、連れて行ってよ。

俺ももういいオジサン。
メソメソしてたらダセェから、もう泣かないよ。

空で、みんなと仲良くね。

俺がそっちに行くまで…
バイバイ、ばーちゃん。













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