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Vol.117 サン=テグジュペリ「夜間飛行」を読んで(二木麻里訳)

この犠牲はきっと未来に役立つ。

いま生まれた赤ちゃんがいる。いま死んでいくおじいちゃんもいる。おじいちゃんが頑張ってきたことはきっと誰かの役に立つ。いま生まれた赤ちゃんの役に立つ。ずっと前から社会はそうやって歩みを続けているのだ。

「夜間飛行」を読んでそんなことを思った。

さらに、今こうして僕が読書を自由に楽しむことができるのは、過去にさまざまな人たちの努力のおかげなのだ。その努力の裏には、多くの犠牲があったに違いない。

僕の知らない誰かが最善を目指して歩み続けた結果、読書感想をnoteに書くことを楽しいと思える社会があるのだ。

「夜間飛行」のリヴィエール社長の立ち振る舞いが、僕にそんなことを感じさせてくれた。

・・・そんなことはいちいち気にしなくてもいいのだろうけど、頭の隅に置いときたい。当たり前の日常の中で忘れがちな謙虚さがある。はたと気づける自分でいたい。それが傲慢として現れるのはやっぱり恥ずかしいことなのだ。

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<内容>

夜間郵便飛行というまだ社会に確立していない新事業に挑む人たちの話。気象の変化をとらえることが困難な時代、昼間でも多くの危険が潜んでいるのに、夜間飛行は極めてむこうみずな冒険だった。ある夜、飛行中に激しい嵐が襲う。若いパイロットは死を意識しながら懸命に飛び続ける。地上で司令に当たる社長は強い信念の中で冷徹にならざるを得ない。ふたりの孤独な心が詩情豊かに描かれていた。(内容おわり)

サン=テグジュペリは、実際に郵便機のパイロットでもあったらしい。リアリティをもつ描写に、体験者としての回想録のような一面を感じた。実際に何度も墜落事故や不時着の経験をしていた。

飛行士が書いた小説だとしても、サン=テグジュペリの、まだ確立していない郵便夜間飛行を成し遂げようとする思いが、作品の飛行士ファビアンとリヴィエール社長の孤独な心情描写からビシビシと伝わってきた。

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刊行から90年、今最新のテクノロジーで空を飛ぶ飛行機は、死亡事故に遭遇する確率が0.0009%を維持しているとのこと。

テクノロジーが社会を変える。それは誰かの犠牲の上に成り立っている。これが一番感覚的にわかる。

今ある便利で安全な社会は、「自分が勝ち取ったもの」ではないのだ。

詩的な哲学書「星の王子さま」の著者サン=デグジュペリの「夜間飛行」を、郵便事業の開拓記録のようにして読んでしまった。

もちろん、リヴィエール社長の心の奥にある優しさを感じながら、この小説を楽しんだ。

おわり

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