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【ライブレポ】2024/01/20 FES☆TIVE青葉ひなり生誕祭2024 振り返り

好きとか愛とかどうでもいい。

地下アイドルオタクのかべのおくです。


2024年1月20日、GARDEN新木場FACTORYで行われた「FES☆TIVE青葉ひなり生誕祭2024」に参加してきました。

なんだ、この幸せ空間は。


個人としては、2020、2022、2023に続いて4回目の推しメンの生誕祭への参加。アイドル10年を迎えた青葉さんの思い、応援するオタクの思いが結集した空間でした。

僕自身、生誕委員として生誕祭を盛り上げるための取り組みにも関わっていました。それらの取り組みについても客観的に触れたいと思います。


ライブ振り返り

今となってはFES☆TIVE唯一の初期メンバーとなった青葉ひなりさんの生誕祭。開催日はリアル誕生日の翌日、2024年1月20日。場所は、なんとGARDEN新木場FACTORY。

さらに、今まで一度も実現しなかった、OGメンバーとのコラボも発表。

青葉ひなりのアイドルとしての歩みは、それがそのままFES☆TIVEの歩み。個人のお祝いだけではなく、新旧含めたFES☆TIVEのメンバー・オタク全員でこの日を楽しみたいという青葉さんの思いをこの時点で感じていました。


準備・事前物販

生誕委員の準備もあり、会場入りは10時。そこから前物販が始まる13:45まではなんやかんや設営していました。詳しくは後ほど。


今年は前物販でのグッズ販売に加えて特典会も実施。地方からライブを見に来て、終演後すぐに帰らなくてはいけないようなファンに向けた配慮なのではと。Tシャツは気合の3色展開。

生誕記念グッズはこちら。生誕祭の定番であるアクスタに加えて、チェキケース、生写真、ぽこ(飼い犬)のチェキと豊富に用意。これが個人の生誕祭ってマジ?

というわけで物販も終了して開場。開演時間になっても入り切らないほどのオタクが、GARDEN新木場FACTORYに詰めかけていました。もはやFES☆TIVEのライブ恒例となった前説おじさんも、「もう少ししたらもう一度出てきます!」と言って一度ハケるという珍事件も。

満員の観客とそれ以上の熱気を湛えつつ、2024年の青葉ひなり生誕ライブの幕が上がりました。


セトリ振り返り

ライブ本編を振り返ります。

全体としては、おそらく本人がこだわって入れたであろうレア曲が多かった印象です。多分、いろんな立場のオタクが見に来ることを考えて、

  • オタク全員の中にある「FES☆TIVE」:おいでませ、ハレトケ、シダレ

  • 古のオタクにとっての「FES☆TIVE」:ジパング、タイコちゃん、TDP

  • 青葉さんが見せたい「FES☆TIVE」:ボクノナマエ、YURARI、トライアングル

ここらへんのバランスをうまくとった結果なのではと。エモさとかを過度に追求するわけでなく、生誕祭という「自分でセトリをプロデュースできる公演」でやりたいことを最大限やりつつ、みんなに楽しんでもらえることを考えているのが青葉さんらしいなと。


個人的には「Landmark」の落ちサビをユニゾンで全員で歌い上げるところが圧巻。

どんな時代でも どんな風景でも
今を生きるこの場所でさえも
いつか僕達だけのランドマークへ

歌ネットより

FES☆TIVEは青葉さんの居場所であると同時に、応援しているオタクにとっても大切な居場所。生誕祭というこれまでを振り返る機会に、この曲を歌った意味は非常に大きいように感じました。


カバー曲は、リアル従姉妹の土光さんとの「となりのバナナ」。手には「コズミック祭大革命」が全面に載っている、同日発売の千葉日報。

血を分けているとは思えないほど正反対な青葉さんと土光さん。それぞれ1人でも成立するのに、二人が合わさるとさらに輝きを増すのは長い期間をステージで過ごしただけのものじゃないんだろうなと、この日も感じさせられました。


OGメンバーとのステージは、「進め!ジパング」

FES☆TIVEの結成当時のことは自分にはあずかり知らない部分が多く、かつその関係性をこの1曲では感じ取れなかったものの、全員が懐かしそうにパフォーマンスしていたのが印象的でした。多分、後方エリアから見ていたら印象が違っていたのかも。


本編ラストは「シダレヤナギ」。

落ちサビの光景、僕はリフトに絡むこともなくステージを眺めていましたが、歌い終わったあとの青葉さんの目には光るものを見た気がしました。


アンコールの最後は現役・OG全員による「OIDEMASE!!~極楽~」

よく見ると新メンと旧メンが舞台上で細かいやり取りをしていて、この時だけは目が12個くらい欲しくなりました。


関連投稿まとめ


推しメンの生誕委員として

僕は青葉ひなり生誕に生誕委員として関わっていました。記録のためにも、外部からでも分かる情報と、思ったことを簡単に記します。

※批判や実態をリークする意図は決してありません。


生誕委員の取り組み

生誕委員が動き出したのは10月から。会場が今までの最大キャパである新木場、10周年というメモリアルな一面もあり、様々な取り組みを実施しました。


①会場装飾系

会場は、ホールの入口までのエリアがあまりにも殺風景なこともあり、バルーンなどを使ってとにかく華やかに装飾しました。

フラワースタンドは会場の広さを生かして、ホール内に設置しています。


②プレゼント類

アイドルの生誕では定番となっているケーキ、メセカはこんな感じ。デザインのテーマはランウェイに統一されています。


④SNS企画

SNSは毎日の活動報告に加えて、「#スキッパーの輪」をカウントしたり、テーマを決めてツイートを募集したりと、積極的に企画を打っていました。

僕もテーマに沿って投稿しましたが、推しメンとのルーツに思いをはせるとモチベーションが上がって、普通にいい企画だと感じました。


⑤交流企画

今回はオタク同士の交流を目的にした企画も、考えられる限りで実施されました。

目玉だったのはバッジ企画。人見知りの多い青葉推しのために、現場でこれを付けてお互いを認知しようという狙いでした。


生誕祭前日にはオタクで自主的な飲み会も開催。新しい出会いがあったり、今まで生誕グループLINEでしか顔を合わせなかった人と話したりと、参加者同士の結束を強める意味では多少なりとも意味があったような気はします。


当日の開場前の集合写真。多少なりとも「#スキッパーの輪」の広がりを感じる瞬間でした。


#スキッパーの輪って何なのよ?

青葉ひなり生誕2024の一環したテーマは「#スキッパーの輪を広げる」というものでした。しかし結局のところ、「#スキッパーの輪」とは何なのでしょうか?


結論から言えばそれは青葉さんを応援するオタクにとってのファンダムネームである、というのが、生誕委員の活動を通じて得られた答えです。

多くの地下アイドルは、チェキツイや関連投稿を追いやすくするための専用ハッシュタグを持っています。そのハッシュタグで検索すれば、自動的に自分に見てほしい投稿がリスト化できるからです。

しかし「#スキッパーの輪」をつけずに投稿したところで、青葉さんはグループ名や写真にタグ付けがされていればいいねしてくれます。したがって、決して青葉さんの専用ハッシュタグではなく、オタクが「この人は青葉さんをある程度高い優先度で推しているんだな」ということを見分けて同担同士がつながりやすくするだけの役割で存在しているのです。これは青葉さん以外にも他のFES☆TIVEメンバーにも言えます(土光さんは「#どこふぁむ」、八木さんは「#八木ひなた推し隊」など)。


FES☆TIVEはその圧倒的なネームバリューのおかげか、「主現場ではないけどライブは見るし、グループの中ならなんとなく青葉さんを推している」というオタクが大量発生しています。今回の生誕企画で少し強引ながらも「#スキッパーの輪」という言葉が浸透し、ゆるFES☆TIVEオタクが所属感を得るきっかけになったのではないでしょうか。

同じアイドルを応援することで知り合いが増え、普段の生活では巡り合えないコミュニティに所属できることは、「推し活」によって得られる良い側面の一つだと思います。今までFES☆TIVEに足りていなかった「推し活」要素が際立つ、良い効果を生んでいると考えられるでしょう。


所感

僕にとっての青葉ひなり生誕祭2024は、2023年の生誕祭の最後に青葉さんが「来年もよろしくお願いします!」と言ってステージを後にした瞬間から始まっていました。生誕が終わった瞬間に、来年の生誕がほぼ保証されてしまっていたのです。これは僕にとって「あと1年は応援できるんだな」という安心感と、「来年はもっといい生誕になったらいいな」という期待感を同時にもたらしました。


2023年の青葉さんの活動を振り返ると、個人としての仕事が増えたことが印象的です。


FES☆TIVE自体も本多しおりさんの加入により久々の6人体制に。

勢いを増すグループにおいて、青葉さんは常にその中心として華々しい光を放っていました。



一方で2023年の僕は、決して青葉さんだけを応援しているわけではありませんでした。単純に現場数が減っただけでなく、心理的にも距離があったように感じます。これは「来年の生誕祭はかなりの高確率で開催されるから、そんなに優先しなくてもいい」という慢心からきていたと思います。

もちろん会いに行けば青葉さんは今までと同じ距離感で接してくれて、欠かさず感謝の言葉を伝えてくれました。なのでこれは本当に僕だけが原因なのです。



「自分は青葉推しを続けられるのだろうか?続けてもいいのだろうか?」という迷いの中、2023年10月頃から生誕委員の活動が始まりました。

生誕委員はあくまでも有志なので、優秀な人だけが集まっているわけでは決してありません。しかしその分、一人ひとりの個性が際立っていたように感じられます。経験とノウハウを沢山持っている人、周りから愛される人間味のある人、こうしたいという強い思いを持っている人…

しかし、生誕委員全員が「青葉さんの生誕祭を良きものにしたい」という思いは持っていて、その使命のもとに絶妙なバランスを保っていたのです。


そんな組織の中で、自分の個性は段取りを立てて回すことであり、その役割を果たすために努力しました。

10年目の生誕祭、せっかくなら青葉さんを応援するオタクとして盛大に祝いたい。一番きになっていたのは、箱のサイズ感に対して装飾がショボくならないか?という事です。使い慣れた慣れたO-WESTやO-EASTなら、どの場所に何をどのくらいおけばいいか、だいたい予想できます。しかしGARDEN新木場FACTORYでの生誕祭は初めてのため、そこら辺の知見は運営にもオタクにも全くありません。年末に対バンで新木場を訪れた際にはコンベックスを持ち込み、主要なエリアの長さを計測するなど、今までにない苦労を強いられました。

毎日、否応なく彼女のことを考え続け、話し合いを続ける日々、まさに推しのためだけに生きていたと思います。「推し活」は非日常の空間だけでなく、日々の生活の実践にもあるのだと身をもって感じました。


迎えた結末は、満員のGARDEN新木場FACTORYでした。

生誕委員の取り組みが、どれくらい集客に貢献していたのかは定かではありません。しかし、パンパンの会場で青葉さんの最大限のパフォーマンスを眺めていた時には「こんなに幸せなことがあっていいのだろうか?」と思いました。


青葉さんへの思いは、もはや一言で言い表せません。「恋」ほど淡いものではないし、「愛」ほどわかりにくいものでもない。「繋がりたい」かといえばそんなことはない。しかし、彼女を応援することで自分の人生は鮮やかに彩られ、生きがいに満ちたものになっている。それがつまり「推し」ということであり、何度だって会いに行きたくなる彼女の魅力だと思っています。


今回はまとめません。

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