第1回 投資と貯蓄

 日本の一般世帯の金融資産の割合は、預貯金が54.2%である一方、株式等は9.6%ということで、株式等の額は預貯金の約1/6しかありません。
このことは、多くの日本人が預貯金は安全であり、株式等は危険という誤った認識をしているからです。
が、先ずはこの勘違いから修正しないと、日本人の間違った安全神話を理解することはできないでしょう。

「投資とは中長期的な目線で増やすためのお金のこと」だと、金融庁は定義しています。
一方の「貯蓄とはすぐに使うことができ、流動性の高いお金のこと」と定義しています。
この定義に基づけば、預貯金でも、当面使う予定が無いものは、全て投資ということになります。が、現実的にそう考えている日本人は多くないでしょう。

多くの人が、普通預貯金より定期預貯金の方が、利率が良いので定期預貯金を選択したことがあるでしょう。
実は、こう考えた時点で、金融庁の定義では、既に投資を行っていることになるのです。
つまり多くの日本人は、無意識の中で投資を行っていると言うことができるのです。
 「いやいや、投資にはリスクがあるが、定期預貯金にはリスクが無いじゃないか!?」と言う人がいるかもしれません。
しかし、こう考えてください。
例えば、日本国債を買うことは、貯蓄と言わず投資と言います。
定期的に利息を貰い、満期時には元本が保証されているので、定期預貯金と構成は全く同じです。
それなのに、国債の購入は投資で、定期預貯金の購入は貯蓄だと言うのでは、辻褄が合いません。
だから、定期預貯金の購入も、投資と考えるべきなのです。

 「分かった。それなら、100歩譲って定期預貯金は投資だとしよう。それならリスクを言ってみろ。」と言う人がいるかもしれません。
投資には必ずリスクが付いて回るからです。
実は、定期預貯金には大きなリスクがあります。
それが機会損失というリスクです。
私たちの時代は、中学生3年生の公民の授業で、利子率について学びました。
中央銀行は、景気が過熱するのを防ぐために公定歩合の利率を高め、景気が悪化すると回復するように利率を下げます。
これは、企業が横目で公定歩合の利率を見ながら、投資を決定しているからです。

企業は利潤を追い求めます。
利潤を増大させるために投資をするのですが、投資の結果、得られるであろう利潤よりも、公定歩合の利率で得られる利息の方が高ければ、企業は投資をせずに銀行に預けます。
この結果、投資によって新たな雇用や消費は発生しなくなることから、景気の拡大の動きにブレーキがかかります。
また逆に、公定歩合の利率で得られる利息の方が低くなれば、企業は銀行から預金を引きあげて投資に回します。
この結果、投資によって新たな雇用や消費が生み出され、景気の拡大の動きにアクセルを踏むことになります。
基本的に中央銀行は、このように公定歩合の利率を操作して、バブルや大恐慌を生み出さず、安定的で持続的な好ましい経済環境を生み出そうとしているのです。
このことから、利率というものは、その時代、その場所での投資先としては、基準として最低のものだと言える訳です。
好景気が続いて基準がどんどん上がって、企業が新たな投資をしなくなるようなときになると、誰もが横並びの最低水準にある訳です。
が、一旦、基準が下がりだすと、企業は新たな投資を始めます。
その結果、多くの人たちが、利息よりも多い利潤を手にするようになる訳です。
だから、何も考えずに利息だけを求めていると、利潤から生みだされるより多くの利益を得るタイミングを逃すことになります。これが、機会損失という訳です。

日本人が投資を嫌うようになったのはどうしてか・・・・。
これは日本の国民性だと言う人が多いですが、そうではありません。
国民性と言えば、文化とも置き換えられ、先祖から脈々と受け継がれてきたものと言うことができます。
しかし投資嫌いは、ここ最近だけのことなのです。
例えば明治維新。
今の東京である江戸の人たちは、預貯金を好みませんでした。
「江戸っ子は宵越しの銭を持たない。」と言う言葉がありますが、この言葉通り使い切っていたのです。
だから明治政府は、国民に対して預貯金を奨励しました。
実は、後で説明しますが、預貯金は日本の近代化に不可欠な要素だったからです。

また、実は日本人は、投資が大好きなのです。
明治政府が預貯金を奨励したことにより、国民の中で貯めることが浸透していきました。
が、多くの人たちは、預貯金より儲かる投資を始めます。
その中で起こったのが、1872(明治5)年から1873(明治6)年に起こった「ウサギバブル」です。
廃藩置県が1871(明治4)年であり、地租改正が1873(明治6)年ですから、ちょうどこの頃に起こった事件です。

当時の欧州での愛玩動物の主流は、今のように犬猫ではなく、ウサギでした。
日本では西洋文化を取り入れることが一流の象徴だったと言うこともあり、富裕層を中心にウサギを飼うことが流行しました。
このことに目を付けた人たちは、ウサギ商人となり、ウサギを買い占めて価格高騰を演出して大儲けを企みました。
更に、毛皮の色や種類に希少性を持たせて購買心を煽り、価格をどんどん吊り上げていきました。
この動きは当時の東京府(現在の東京都)民に広がり、小さな子までがウサギを飼うようになり、1匹600円(現在の価値で3,000万円ほど)と言う値が付くウサギまでが現れました。
こうなると、ウサギ目当ての殺人や詐欺などが発生して社会問題になり、対応に苦慮した東京府は「兎取締ノ儀」(通称「ウサギ税」)の導入に踏み切りました。
(1)ウサギの売買を行った者は役所にて登録を義務付ける。
(2)ウサギの所有者は月1円(現在の価値で5万円)の税金を納入しなければならない
(3)無届けでの所有が発覚した場合、2円(現在の価値で10万円)の罰金を徴収する

「ウサギ税」の導入により、ウサギが儲かる投資対象では無くなったことから、多くの人たちがウサギの飼育を止め、「ウサギバブル」は呆気なく崩壊しました。
このように元来の日本人は、投資や投機が大好きなわけです。
それなのに、今の日本人の多くは、投資に良い印象を持たず、参加していません。
それは「ウサギバブル」を崩壊させたのが政府であるのと同じように、投資を止めさせていたのは政府の洗脳だったからです。

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