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御守りのような

西さんを読むきっかけとなったのは、2021年に配信されていたVogue presentsのポッドキャストからだった。約3ヶ月に渡り、リスナーからの相談に西さんが「本の処方箋」とともに回答していくという番組。話の巧さではなくて誠実さ、西さんが言葉を選びながら慎重に、時に何度も言い回しを変えながら話しているのが印象的で、最初の一回を聴いただけでその人柄が大好きだと思った。

そうして作品を読むようになり、個性豊かなありとあらゆる人物を肯定しながらも、社会に対し(それを構成する1人である自分にも)問いかける物語に、さまざまな感情を教えてもらってきた。関西弁も教えてもらった。
西さんの新刊が出る、と楽しみにしていた矢先、異国の地での闘病生活を綴ったノンフィクションだと知って言葉を失った。発売の嬉しさよりも、手に取る重さを考えて怖くなった。
発売日を迎えて読んだ「くもをさがす」。自らに起こる出来事、関わる人、全てをひっくるめて日常に愛を持って生きようとしている姿に何度も心がぎゅっと締めつけられた。はたして自分自身は何でもない今の日々を噛み締められいるだろうか?何かが欠けている自分自身を肯定できるのだろうか?読んでいる途中も読了後も、そんなことが頭をぐるぐるとしていた。おそらく今の自分にはできないけれど、だからこそ、ポッドキャストの西さんが、この作品を書き上げた西さんの存在が、何かこう御守りのような存在になっているのかもしれない。

昨年末に腫瘍が見つかった。幸い悪性ではなかったが、それがはっきりわかるまでの2ヶ月間は生きた心地がしなかった。怖くなってそれなりに泣いたし、とてもじゃないけれど何かを想う余裕がなかった。仮に癌だったとしたら、何も受け入れられなかっただろう。良性の割に体調に波がある今、それが身体的なものか精神的なものなのか原因が分からずにいる。時々不安でたまらなくなる夜がある。「治すことより付き合い方を探していこう」としている真っ只中で、変化を受容する難しさを体感している。
だからこそ、凄い一冊だと心から思った。

日記のように綴られる文章の中には、その時に聴いていたものだろうか曲と詞の一節が引用されている。「わかる」と思わず深く頷く。音楽って再生していなくても日常に添えられていて、生活の中に溶け込みながら支柱にも指針にもなってくれる。朝が遠い夜、花の蜜に憧れる青白い部屋で鈴の音を鳴らしている。

#西加奈子
#くもをさがす

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