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一首評。

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記事一覧

病室で目覚めるように初春の洗ったばかりの布団のなかで/奥村鼓太郎「橘の花」(『夕星パフェ』第14号)

布団を洗う、というのはささやかだけど割合にインパクトのあるイベントだと思う。行為の手間、天気との兼ね合い、結果の豊かさ、それはささやかな大仕事という感じだ。
「洗ったばかり」の〈洗う〉という動作には、もちろん〈干す〉という動作も含まれていて、主体はふかふかの布団の中にいるのだろう。布団を干したのだから、春らしい暖かくて天気のよい日が想起される。寒い冬から暖かい春への季節の切り替わりと、布団を洗うと

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書き継ぎてゆくうちに詩が書かしむる一行がある  書きたし/上川涼子「底力」(『現代短歌』2024年1月号)

まず前提として、「詩が書かしむる一行」を自作の詩に書かさせられた経験が存在している。その上で、「詩が書かしむる」という経験の得難さやその瞬間の喜びが一首にはにじむ。詩歌に携わる人間にとっては、納得感のある感慨が読み込まれているように思う。

「書き継ぎてゆくうちに」という切り出しがまず秀逸だ。
掲出歌は50首連作のうちの一首として発表され、その連作中49首目に配されている。その中で掲出歌を読むので

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ぬばたまの黒田博樹よああ是は曼珠沙華いちめんの花野だ/牛隆佑『鳥の跡、洞の音』私家版,2023年

色彩鮮やかな印象を受ける一首。
黒いものを導く枕詞である「ぬばたまの」から黒田博樹が導き出される。初句のイメージは暗く、それに導かれた黒田博樹の色調もどこか仄暗い。ただ、そのイメージは三句目で転調する。黒田博樹を知っている読者は「ぬばたまの」がもたらすイメージと黒田博樹のイメージとの間に齟齬を感じるような気がするが、三句目でそのイメージを塗り替える助走がなされる。

下句では一転して明るい色調に切

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