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働き方を改革されて本当に困る人は誰か

サイボウズ社の「働き方改革、楽しくないのはなぜだろう」という特設サイトが話題になっています。ほのぼのしたタッチですが制度や進め方に対する疑問が鋭く投げかけられていて、とても見ごたえのある内容になっています。

働き方の改革というと、長時間労働を強いられて寝る暇もない人や将来が不安な派遣社員、働きたくても働き口のない専業主婦などが日本の今の働き方には問題があるから変えてほしい!と声をあげ、政府が重い腰をあげたものの、人件費を削って利益を守りたい悪の企業側が必死に抵抗している状況、みたいな構図が思い浮かぶかもしれません。ですがわたしはちょっと違うと思っています。

はたらく人を尊重するということ

もう20年も前の話ですが、わたしは新卒で池袋にある小さなIT企業で働いていました。他の企業からの開発を請け負ういわゆるSIerというやつで、今だとブラックな業界の典型といわれることが珍しくありません。結婚して息子が生まれましたが、妻が体調を悪くしてどうしても東京では暮らせないということになって、故郷である四国の松山に引っ越すことになりました。地方のSI業界というと今でも厳しい状況と思いますが、当時は働けそうな会社を見つけるのも難しく感じました。かといってみかん栽培や温泉発掘のノウハウもありません。上司にそのことを伝えると、社長からそれなら松山にうちの支所を作ったらええじゃないかといわれ、雑居ビルにワンルームくらいのオフィスを借りてもらって、そこで働くことになりました。まだノマドとかリモートワークとかいう言葉もなかった時代です。もっぱら会社や客先との連絡手段は電話とメールでしたが、それほど支障を感じることはありませんでした。ときには子連れで出勤したこともありました。息子はわたしがコードを書いている間、ホワイトボードに絵を書いて遊んでいました。そしてだいたいすぐ飽きて帰りたいといいました。親や親戚は事あるごとにわたしのために役場やなんやらの就職先を紹介をしたがりました。

結局そのオフィスでは6年働いて、ちょうど松山に開発拠点を作ろうとしていたサイボウズに転職しました。会社としてはせっかくオフィスまで作ってやったのにという気持ちはあったと思います。頭が下がるのは、当時リモートワークが推進されていたわけでも政府から通達が出ていたわけでもなく、はたちそこそこの新卒社員に対して、ひとりの人間として常に尊重してくださったということです。当時の会社の社長とはずっとおつきあいさせていただいていて、ありがたいことに東京に戻った今は当社で技術顧問をさせていただいています。

一方で、尊重してもらえない職場もありました。これもSIer時代の話ですが、ある大規模な開発案件のために半年ほど有名な某外資系企業に出向することになりました。大きな案件なので他の協力会社からも出向している人たちが大勢いて、わたしを含めその人たちはみな「外注さん」と呼ばれていました。「外注さん」は社員と区別するために赤いネックストラップをつけることが義務付けられていて、社員用の休憩室に入ることも許されませんした。外注さんはふたつの机を3人で使ってくださいといわれます。あるとき、プロジェクトのリーダーから「我々はチームなのだからもっと一体感をもって取り組んでほしい」と告げられました。わたしは一瞬この人が冗談をいっているのかと思いましたがそうではないようでした。彼らは日頃から月に200時間も残業してタクシーチケットで帰るのが当たり前のような典型的なワーカーホリックでした。その後、このリーダーから転職を打診されたことがありましたが、丁重にお断りしました。

働く人を尊重してくれる会社とそうでない会社があったとしたら、どちらで働きたいでしょうか。誰も外注さんとか派遣さんとか呼ばれたい人はいないのです。ですが実際は、雇う側の立場が強いためにこういった状況は多々あります。ただ、労働者を尊重しない職場はこの先自然になくなってくるでしょう。なぜかというと、まず労働人口はこれから減る一方です。労働人口が減ると雇われる側の力が強くなり、いわゆる売り手市場になります。すでにITの分野では優秀な技術者の獲得競争が激しく、エンジニアなら新卒で年俸600万からという会社もあります。

新しいフリーランスの波

さらにこのところ、新しいフリーランスの波が生まれています。従来のフリーランスといえば派遣会社やエージェントから仕事をもらうのが一般的でした。中には会社をやめてフリーになったものの、エージェントから派遣されて毎日派遣先に満員電車で通勤しているという人もいます。これではなんのためにフリーになったかわかりません。そういう人ではなく、自立して事業を行う個人や小規模なグループの人たちを目にする機会が増えてきているということです。年齢や業種はさまざまで、独立した人もいれば、副業、主婦の人もいます。彼らはエージェントなどに頼らず、自分で営業やマーケティング、広報までやってしまうため、報酬を中抜きされることがありません。またフリーランス同士のコミュニティや横のつながりがあることも特徴のひとつです。

クローバのユーザーで、横浜でお菓子教室を開業されている松本さんという方がいらっしゃいます。女性を対象に教室の開業支援もされていて、横浜だけでなく関東一円から受講者がやってきます。ときどきそういった方にクローバの紹介をさせていただくことがあるのですが、一見普通の主婦に見える方から「動画はSEOに有効ですか?」「ステップメールはできますか」「Wordpressからの移行は?」みたいな質問がばんばんやってきます。もちろんITやウェブの専門家ではありません。みなさんものすごく勉強されているのです。そういった方が個人や小規模なグループで事業をされています。背景としてはブログやSNS(そしてクローバ !)を通じて個人レベルのマーケティングが可能になったことや、働くことに対する意識の変化が挙げられます。企業としては高い給料をもらって変化についていけない社員を増やすより、こういった人材を活用しない手はないのです。そして彼ら、彼女らはみな自立したビジネスパーソンなのですから、派遣さんなどと呼ぼうものなら即刻愛想を尽かされるでしょう。

ファミリーからチームへ

派遣法が改正されたことによって企業は派遣社員を雇いにくくなります。これまで派遣社員だった人の一部は正社員として雇用されるかもしれませんが、企業に余裕がない場合、契約を打ち切られることもあります。時間的、社会的拘束のある正社員にはなりたくないという派遣社員の人もいるでしょう。いずれにせよ、これまでのような正社員を中心とした外注、派遣といった枠組みで生産性を上げることは難しくなります。欧米ではハリウッドのように、プロジェクトを遂行するために社内外を問わずプロフェッショナルによるチームが結成されることが普通に行われています。日本でも会社というファミリー中心から、外部のメンバーも含めたチーム中心へとシフトしていくでしょう。余談ですが、アップルの新型コンピューターにiMacという名前をつけたのはアップルの社内チームではなく、TBWA/シャイアットデイという外部の広告会社でした。この名前はiPod、iPhoneへと受け継がれることになります。

働き方が改革されて困るのは企業ではありません。確かに働き方の変化に対応できない企業はなくなってしまうかもしれませんが、それは自然なことであって政府の施策などとは関係ありません。働き方が改革されて多様で自立した人材からなるチームが生まれ生産性が高まれば、企業にとってはプラスになります。本当に危機感を持たないといけないのは、多様で自立した人材によって仕事を奪われる人たち、特別なスキルを持たず、協力会社のメンバーを「外注さん」と呼んでただ管理しているような仕事の人たちではないかと思います。

モチベーション3.0で有名なダニエル・ピンクはかつて組織に雇われないフリーエージェント社会の到来を予言しました。この本が出版されたのは2001年なので現在とは合わないところもありますが、今まさに日本で起こっている現象を言い当てている記述も少なくありません。興味があれば読んでみてください。最後に、クローバでは定期的に勉強会を行っています。なにか新しいことをやりたくてブログやホームページが必要だという方、参加をお待ちしています。