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〈小説〉ワイロ的赤い果実

 
『高崎さんからお土産』と書かれたメモが貼り付けられている箱がスタッフルームのテーブルに置いてあった。

僕はロッカーから自分のユニフォームを取り出しジーパンを脱ぎながら、オリーブオイルとチーズとビールとトマトソースの混じった何とも言えない異臭がする綿パンを履きつつ箱を見た。
和紙のような素材の白に、桜の花びらを思わせるような桃色が小川のせせらぎを表すように斜めにあしらわれている。
綿パンのチャックを上げボタンを閉めて、シャツに腕を通す。
高崎さんはこの店のバイトスタッフの中では一番の古株で、社員より勤務歴が長い事を鼻に掛けていて忙しい時間帯は頼まれてもいないのに仕切ろうとし、それを他のスタッフに嫌がられていることにまったく気づいていない、無神経で傲慢な……つまり僕の嫌いなタイプの人だ。
最近彼女が出来たらしいが、その彼女が実に不細工で、それで少し高崎さんを見直したのはつい数日前のこと。
彼女と旅行でも行ったのだろうか。

シャツのボタンを全て閉じ、光沢のある緑色のネクタイを締める。
ネクタイの先に何かがついていたようで、締め終えた手に感触が残る。
いやに粘着力のある物体はチーズだった。
ピザを運んだ時にでもくっついてしまったのだろう。
チーズがついた片手を膝になすりつけながら、もう片方の手でメモが張られた箱のふたを持つ。持ち上げてみるとふたには細かい金箔のようなものが散りばめられていることに気付いた。
箱のふたの裏を見たがそこはさすがに何の装飾も施されていない紙で、高崎さんも上質なのは上っ面だけだもんなと妙に納得してふたを横に置く。厚紙で区切られた目の中に、外箱と同じく桃色の和紙風の紙で巾着袋みたいに、一つずつウグイス色の紐で口を縛られた小さな包みが、一糸乱れぬ佇まいで静かに収まっている。
手前の二枠が空いているので、すでに誰かが食べたのだろう。

エプロンを腰に巻き着替え終えた僕は、小さな包みの中身に思いを巡らせながら姿見で全身を映し、乱れが無いか確認する。
僕の中で和菓子という結論に達しようとしていた時、スタッフルームの扉が開いた。
「お前、それ食った?」
「ノックぐらいしろよ」
ネクタイを整えながら僕が言うと、外を伺いながら中に入ってきた岡が、すごい秘密をばらしに来たような様子でドアを閉め僕に歩み寄る。
「な、食った?」
岡のテンションは何時でも鬱陶しい位高くて迷惑なんだけど、もらったお土産を食ったかどうか確かめるだけでこんなに興奮できるなんてうらやましいと少し思う。
「まだ。お前は?」
岡は小便を我慢しているかのように体をまるめ、絞るように声を出す。
「……んーめちゃくちゃうまかった!」
 気持ち悪い。と思ったのが先だったので美味さがまったく伝わらず、岡から目を逸らしもう一度訊く。
「どんな味?」
岡は勿体ぶり、それがさー、なんていうかさー、ともじもじしながら僕の二の腕を掴むので振り払った。
「いいから言えよ」
「どうしよっかなぁ」
そう言うとは思っていたが実際に言われて頭にくる。
「もういいよ、食うから」
小さな包みに手を伸ばした時、スタッフルームの扉が勢いよく開いた。
オリーブオイルとニンニクの臭いが流れ込む。
「ちょっとお客さん増えてきた、急いで」
社員の野田さんに言われ、僕は包み紙から手を離し、すいませんと答え野田さんの後を追って部屋を出ようとドアノブを握る。
岡が後ろで「桃みたいだった」と二回繰り返したが僕は無視した。勿体ぶるにしても最適な間の取り方というのがある。僕はもう岡の感想に興味はなかったし、桃みたいと言われても元が桃ではない何なのかを確かめていない僕にとってはちっとも魅力のない答えだった。

フロアに出ると僕が出勤してきた時より確かに客が増えていた。
まず厨房のカウンターを見ると出来上がったパスタの皿が二枚置いてありそこから湯気が立っていて、フロアにいるはずの野田さんが厨房にいるということは注文が立て込んでいるという事だろうと推測する。フロアにスタッフが出払っているようなのでカウンターのパスタ一皿とオーダーシートをトレイに載せ、もう一皿を素手で持つ。
桃みたいとは、いったいどういう食べ物なんだろうという思いが頭をかすめたが、客の待つテーブルに笑顔と共にパスタを届けた時にはもう、そのことはすっかり忘れていた。

在庫を脅かすほどの量のワインを飲みまくった団体客が帰り、一段落つく。
洗い場に入りグラスを洗い始めた僕の元に野田さんが大量のワイングラスを運んできて、「よろしくね」とやさしく微笑む。
一瞬背を向けた野田さんが振り返り、「ところでさ……」と僕に話しかけた。
野田さんはこの店で店長を除けば唯一の社員で、バイトの僕に店のやり方に対して何か意見が無いかなど真面目な事を質問してくるような、仕事に対してはとても情熱的な人なので、僕は一瞬手を止めまっすぐ野田さんを見た。
「さくらんぼ、食べた?」
なんだあのお土産の事か、と気が抜けて僕は苦笑いしながらグラスを洗うのを再開する。
「まだです。野田さんは?」
包みの中身はさくらんぼだったのか。
「あれさ、一つ600円らしいよ」
え、と声に出し野田さんを見ると何度も頷いて眉間にシワを寄せていた。
600円×24。
頭の中で大急ぎで計算し、「14400円!」と声に出したら自分で思っていたより大きな声が出たので驚いた。
「速い。さすが、君やっぱ頭いいね。正確に言うと14800円だから、一つ600円と少しって事になる」
一粒600円以上する桃のようなさくらんぼ。いったいどんな味なんだ。果肉が桃のように甘いのだろうか。
「どうでした?」
岡に言った時よりも期待を込めて野田さんに訊いた。
野田さんはうーんと少し唸ってから、「僕は、あんまり好きじゃない」と答えたので高崎さんのことを?と一瞬思う。
「何てゆうかさ、周りを包んでるゼリーが」
ゼリー? ああ、確かに、さくらんぼ一粒を包んでいるにしては大きな包みだった。
「科学の味がした」
科学。
「それで、缶詰のチェリーあるじゃん。あれよりもっと全然大きいけどさ、さくらんぼがそんな状態」
なるほど。ゼリーに包まれたさくらんぼに、洋酒的な何かがしみ込んで皮の張りが失われているということか。
「俺、素材そのまんまの味が好きだからさ。山形から送ってもらったさくらんぼの方が美味しかった。箱いっぱいでも5000円くらいだよ」
やっぱり野田さんは、高崎さんを嫌いなんだと思った。
「へぇー」
僕はどちらの味方でもないから、立ち位置をあやふやにするために中途半端な返事をする。社員の野田さんを差し置いて店内を取りまとめる高崎さんの存在はやっぱり、疎ましいのだろう。
でもくだらない争いには巻き込まれたくはない。
野田さんはまだ何か言いたそうだったが僕は黙ってグラスを磨いた。できればそのまま高崎さんの悪口を流し込みたかったであろうシンクに、野田さんは持っていたワイングラスを置いて去って行った。
邪気を拭い取るように僕は丁寧にグラスを洗う。

オーダーもストップし、早番のスタッフが何人か帰って行った。
もしかして、と不安になり冷蔵庫の在庫を確認していた手を止めてスタッフルームの扉をノックし中に入った。
箱の中を見ると、中身が残り二つになっている。
危なかった。声に出してそう言うと、僕は小さな包みを一つ箱からつまみ上げる。
和紙の内側におそらくもう一枚何かで包装している感触が手に伝わるが、ゼリーでくるまれているのだから乱暴に扱うのは良くないと思い、生まれたてのヒナを扱うような優しさで自分のロッカー内の上の棚にそっと置く。
待っててね、いい子だから。という台詞が似合いそうな静かさでロッカーの扉を閉め、スタッフルームを出る。

最後の一つは誰が食べるのだろう。野田さんが悔し紛れに食べるのだろうか。
自分より動きの良いただのバイトである高崎さんが、出来たばかりの不細工な彼女と行った旅行先で彼女に見栄を張るために買った無駄に高級な土産の残りを、店長に怒鳴られバイトから文句を聞かされ板挟みにあう彼女のいない野田さんが、高崎さんの勝ち誇った顔を思い浮かべながら食べるのだろうか。そんな思いで食べるならそれはまるで泥団子だ。
僕はやはり、素直に味わいたい。
食べ物に罪はないのだから。
科学の味がするゼリーにくるまれた桃みたいな600円以上もするさくらんぼを堪能する時間が待ち遠しくなる。
僕は”焦らすのに最適な間”というのを少なくとも岡よりは知っているから、在庫をしっかりチェックし、最後の客を見送った後、本来なら自分の担当ではないトイレ掃除を率先して行い、高崎さんからのお土産を口にするのに丁度良いタイミングを調節した。

掃除も終わり、店内の電気も半分消される。
野田さんがレジで集計しているところのスポットと厨房の照明だけ残し、そわそわしながらエプロンを外していると、厨房の方から僕を呼ぶ声が聞こえた。
見ると今日唯一女性スタッフの美咲ちゃんが困った顔で僕を見ている。
どうしたの?と駆け寄ると美咲ちゃんは、ビールのタンクを交換するのに手間取っているようだった。
「コックが固くて回らないの」
まかせて、と僕は言い、美咲ちゃんと交代してコックを捻る。すぐにくるりと回って、古いタンクを取り外すことに成功する。
新しいタンクを美咲ちゃんが運ぼうとするので僕はすかさず手を差し伸べた。
「ねぇ、あれ、食べた?」美咲ちゃんが訊いてくる。
タンクを僕と一緒に持つ美咲ちゃんは至近距離にいて、力を入れたことで屁がでそうだった僕は焦って上ずったへんな声が出る。
それを聞いて美咲ちゃんは大丈夫?と笑った。
「美咲ちゃんは食べたの?」
「食べたよ」
「どんな味?」
新しいタンクとサーバーを接続しながら僕は今日何度目かの質問を美咲ちゃんに投げかけた。
「すごいよ」
美咲ちゃんは吐息混じりに言った後、恥ずかしそう口を両手で押さえたので、僕はなぜかいやらしい気持になる。
「どう、すごいの?」
訊きながら、顔がにやけてしまうのを必死で抑えると右の頬が引きつった。
「思いきって、がぶっといったの。そしたら」
「……うん、そしたら?」
僕は斜めの体勢でビールサーバーの奥に腕を伸ばし、すでにカチリと接続し終えたチューブを、まだ作業しているように見せかけながらその先の答えを待った。
「ジュワーって」
「ジュワって?」
「甘いのが」
甘いのが?
「口の中にいーっぱい」
口の中。
「すっごいの」
「幸せだった?」
「すっごい幸せ」
美咲ちゃんは、嬉しい時鼻をくしゃっとさせる。それがすごく可愛いのだ。
「食べたいなぁ」
僕が色んな意味を込めてそう言うと、美咲ちゃんは「食べて食べて!」と無邪気に言った。

ビールのタンクを設置し終え、美咲ちゃんから礼を言われた後外したエプロンを手に持ちスタッフルームをノックする。返事が無いので扉を開けると岡がシャツを脱ぎかけているところだった。
「返事しろよ。美咲ちゃんだったらどうすんだよ」
僕が言うと岡は口をだらしなく開けて声にならない返事をする。
「これ一個600円らしいな」
野田さん情報を教えてやると、シャツを脱いだ岡が、中に着ていたTシャツをたくしあげ、腹を見せ脇を掻きながら答えた。
「嘘にきまってんじゃん」
「え」
「騙されてんだよ、野田さん」
「そうなのか」
「こんなちっちぇの、600円もするかよ。だったら木箱にでも入ってんだろ」
岡は脇を掻き終えてズボンの中にTシャツを納める。
「すげえ美味かったってお前言ってたじゃん」
「美味いよ、確かに。そうだな、高級なプラムみたい……」
「さっき『桃みたい』っつたろ」
「んだよ、聞こえてたのかよ。で、お前食ったの?」
「いや……いいよ」
「もったいねーな。めちゃくちゃ美味いのに、これ。何なんだろううな、洋菓子でも和菓子でもない。初めて食べたジャンルだよ。寒天でコーティングしてあるけどさ、中の実のさ、果汁がすごい。で、甘酸っぱさを中和する寒天の配分が絶妙なんだよ。口の中で溶け合って……それよかさぁ。野田さん、高崎さんに馬鹿にされてんだな。可哀そうに、野田さん」
果実の旨みについて熱く語ったかと思ったら急に眉をひそめて、さも同情しているような表情で岡が言った。
「なんだ、お前、野田さんの肩持つのか」
「腐っても社員だからな」
「おい!」
僕は、最後の一つを手に取り包み紙の紐を解こうとした岡を慌てて止める。
「最後の一つは美咲ちゃんにやれよ」
岡が舌打ちするのと同時に、ドアがノックされる。
「どうぞ」と返事すると扉が開き、そこには美咲ちゃんが立っていた。
待ってるからいいよと遠慮する美咲ちゃんを強引にスタッフルームに押しこみ、僕たちは外に出た。スタッフルームは一つしかないから、女性優先なのだ。
腐っても社員ってどういう意味だと僕が詰め寄ると、岡は人差し指を口に当て、レジで計算をしている野田さんを伺いながら「聞こえるだろ」と諭した。
Tシャツに綿パン姿の岡と、解いたネクタイを振り回しながらシャツのボタンを中途半端に外した僕は、廊下で立たされているガキみたいに美咲ちゃんが着替え終わるのを待った。

数分後に出てきた美咲ちゃんの少し乱れた髪が、急いで着替えたのだということを物語っている。
お疲れ様と挨拶し、美咲ちゃんに二人で手を振りまたスタッフルームに入る。岡が両手を広げ深呼吸しながら「女の臭いがする」と言う。
確かに何とも言えない女の子特有の甘ったるい香りがするような気もしたが、僕は岡を無視して着替え始める。
「そういえばお前、さっき美咲ちゃんと何話してたんだよ」
やっぱり。ビールのタンクを交換する時、遠巻きに岡がこちらを見ていた事に気づいていた。だから僕は接続し終えたチューブを触り続け、わざと時間を掛けたのだ。
「別に」
「んだよ、言えよ! 俺の美咲ちゃんに何言ったんだよ」
僕はシャツとズボンを脱ぎ、ロッカーの扉を開けた。
上の棚にひっそりと桃色の小さな包みが佇んでいるが岡には扉で死角になり見えない。
「いつからお前の美咲ちゃんになったんだよ」
「言えよ!」
岡がジーパンに履き替えながら、片足でジャンプし僕に近寄ってくる。
「ヤラしてくれって言ったら美咲ちゃんが『食べて食べて』って言ったんだよ」
「……んだと!」
岡がそのまま僕に体当たりしてきたので僕までよろめいてロッカーにぶつかり、金タライが落ちてきたみたいに大げさな音がする。
「嘘に決まってるだろ! どこまで馬鹿なんだよ」
ちきしょー、と小さく岡が言う。
僕はロッカーの中の桃色の包みが今の衝撃でどうにかなったんじゃないかと心配になり横目で確認する。
「岡君って彼女いるのかなって、美咲ちゃんが」
僕が言うと、岡は黙ってジーパンのチャックを上げ、ベルトを締める。
返事が無いので僕は、脱いだシャツと綿パンをハンガーに掛け、汚れているネクタイを持って帰って洗うか迷った。
「で、なんて答えたの?」
顔を上げると岡が、いつの間にかすぐ隣に立っていて、僕はとっさにロッカーを閉める。
「知らないって言った」
岡は悔しそうな顔をして、ヒーとかアーとか言いながら、ぐるぐる回転して僕から離れていき、僕はなんだかうんざりし、汚れたネクタイも置いて帰る事にした。
「間に合うかな」
一瞬何のことか分からなかったけれど、岡が最後の包みを手に持っているのが目に入ったから、きっとそれを美咲ちゃんに届けるのだろうと思って僕は気持を込めて、「間に合うだろう。行ってやれよ」とわざとらしく言った。岡に向けてのせせら笑いが鼻を通り抜けそうになったので慌てて咳払いして食い止める。包みを手にした岡は、僕の言葉にすっかり勇気づけられたようで、目を輝かせていた。
岡はずる賢くて卑怯だけど、バカみたいに素直だから憎めない。
ドロドロに汚れたスニーカーを足にひっかけ、満面の笑みを浮かべてスタッフルームを出ていく岡に、「優しく持てよ」と忠告する。美咲ちゃんには付き合いの長い彼氏がいることを岡は知らないのだろうか。
強く握りすぎて寒天でコーティングしてある果実が砕け散るのと、岡が玉砕するのとどちらが先なんだろうと想像したが、たいして面白くないのでかき消した。

岡を追いだした僕は、やっと一人になることが出来たのでほっとする。
店内のBGMがまだ流れているし、レジの精算が終わっても日報を書かなくてはいけないから野田さんはまだ来ないだろう。
スタッフルームの扉を閉め、自分のロッカーを開ける。僕をずっと待っていてくれた桃色の包みをそっと取りだす。
手のひらに置くと少しひんやりとした。
パイプ椅子に腰かけて包み紙を眺める。
600円というのは嘘だったとしても、8種類のチーズを食べただけで言いあてられる岡の美味かったという言葉は信憑性がある。イタリアンパセリとルッコラの違いが分からない野田さんの科学の味という感想はこの際無視していいだろう。おそらくそれ以外にも不味いと感じる要因が野田さんには間違いなくあるのだし。
美咲ちゃんはなんでも美味しいと喜ぶから置いとくとして。
しかし、一体中身は何なのだろう。
考えてみれば、中身をさくらんぼと明言したのは野田さんだけだ。
美咲ちゃんはとにかく甘い果汁が口いっぱいに広がってすごく幸せだったらしい。
岡は甘酸っぱさを中和する寒天の配分が絶妙だと言った。
野田さんを信じれば、中身はさくらんぼ。しかも缶詰のチェリーのような味ということになる。
僕はうぐいす色の紐をほどき、桃色の包み紙の一片を指で摘み、ゆっくりと剥がす。
和紙のような素材の包装紙を剥がすと銀色の紙で覆われていた。
アルミより柔らかい、でもビニールではない、不思議な銀色の素材。
シャリシャリと音を立てながら少しずつめくってみる。
桃みたい。高級なプラムみたい。という岡の感想を考えると、スモモの可能性もある。さくらんぼにしてはやはり大きすぎるし、分厚くコーティングしてあるにしても限度があるだろう。
銀の紙をめくると、キラキラ光るつややかな透明の衣をまとった、鮮やかな赤い果実が現れた。半分だけめくり、じっと眼を凝らす。
金粉が混ぜ込んである寒天は、果実に薄い膜を張る程度にコーティングしてあり、銀色の紙が纏っていた跡が手相のように不規則な細かい線を残していた。蛍光灯にかざすと金粉と細かい線は光を乱反射させ宝石のように輝き、透明な膜に覆われた果実の赤がより艶やかに映えた。
プラム、さくらんぼ、桃、どの赤とも違う。
単に赤というには深みがありすぎる。
青みがかっているくせに光の当たり具合によってオレンジにも見える摩訶不思議な赤だ。
鼻を近づけると甘酸っぱい香りがした。
太陽の恩恵をたっぷりと浴び、大地のエネルギーを吸収しふくよかに実った果実から放たれる命の香り。これだけ主張の強い果実の香りを嗅ぐのは初めてだ。
舌の根元に唾液が溜まり、顎の付け根に少し痛みを覚えながらつばを飲み込んだ。
これは600円というのもあながちウソではないかもしれない。
この果実の味次第で、彼女が不細工だということを知った時以上に、高崎さんを見直すという可能性も十分にある。
僕はゆっくりと口を開け、前歯を果実に当てた。
果汁が広がるのを期待して唾液が次から次へと溢れ出る。
コーティングしてある寒天の膜を破り、張りのある果実の皮に歯を立てる。












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