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【#旅と美術館】  旅先での避難訓練および1枚のポスター

私は仏像が大好きですが、寺院に祀られているものと美術館/博物館で展示されているものとでは、意味合いが違うとされています。でもオトナの美術研究会3月のお題「#旅と美術館」で記事を書くにあたり、ここでは寺院の仏像収蔵庫 ≒ 美術館とゆるく置きかえてお読みいただければ幸いです。

もう30年以上も前の話だ。
京都・奈良の寺社仏閣をめぐる旅をしていた学生時代の夏休み。京都街なかの某有名寺院、本堂の奥の方にある宝物館で、私はずらりと並んだ重要文化財の仏像たちを拝観していた(図1)。教科書にかならず載っている、あの仏像も鑑賞中だった。

(図1)境内の見取図

ふと近づいてきた一人の僧侶から、
「あの、よろしければ消防訓練にご協力いただけませんでしょうか?」
と声をかけられた。お金はなかったが、時間と自由だけは存分にあった学生の身、「私でよろしければ。」
と即座に答える。すると僧侶は、
「ありがとうございます。もうしばらくすると非常ベルが鳴りますので、その後、私がここにお迎えに参ります。私のあとをついて、本堂の縁側を通って、門の方までご移動をお願いいたします。」
と説明くださった(図2)。そして、
「では後ほど。それまで、どうぞごゆっくり拝観をお続けください。」
と一旦去っていった。

(図2)こう脱出すればいいらしい

おそらく新たな入場客を止めて、宝物館にいる私以外の見仏客たちが退出するのを待っていたのだろう。非常ベルが鳴ったのは、それからかなり後のことだった。
先ほどの予告通り、ベルの音とともに再び僧侶が現れ、
「こちらでございます。」
と先導してくださる。私はあとに続き、宝物館を出て、本堂の廊下へと足を踏み出した。

その時だ。
縁側の周りの地面にぐるりと設置されているスプリンクラーから、本堂の建物に向けて勢いよく水が放出され始めた。
「ええっ!」
避難経路である廊下にも水は降り注いでいて、思わずたじろぐ。そんな説明は聞いていない。
しかし僧侶は、
「ささっ、こちらでございます」
と後ろを振り向いて、私を促す。
こうなれば進むしかない。要は、消火用の水しぶきの中で本堂の縁側を走って逃げるという役回りだったのだ(図3)。

(図3)あなたはゴールまでたどり着けるか?

ようやく本堂から離れ、訓練終了。僧侶も私も、ずぶ濡れの状態。
しかし、悟りを得ているというのは素晴らしい。僧侶は顔色ひとつ変えることなく、私に
「ご協力、誠にありがとうございました。」
と述べたのだった。
この時、僧侶が私に向かって合掌したか否かは憶えていない。ただ宝物館に残ったあの仏像が、災難にみまわれるであろう私を「南無阿弥陀仏」と唱えながら見送ってくださり、その念仏が六体の化仏となっていたことは間違いない。

Tシャツに ジーンズ デニム(当時だったら“Gパン”と書いていたかも)、ビニール製のトートバッグという気軽ないで立ちだったから、拝観者のうちで水に濡れるダメージが一番少ないのは私だと、宝物館のなかで僧侶も 見定めた お選びになったのだろう。
まあ真夏だったからよかったものの、さすがにびしょ濡れだったから、半乾きになるまで境内のベンチで陽に当たりながら休ませてもらった。訓練を見ていた近所の方々からは、
「よう濡れはったなあ」(←京都弁、あっていますか?)
と親しげに話しかけられ、しばし会話を楽しんだ。

訓練に貢献申し上げたご利益だろうか。それから20年ほどして、秘仏の本尊、国宝《十一面観音立像》を拝観する機会を得た。12年に一度開帳される、辰年のその一時期に(それ以外の特別拝観もたまにある)、出張ついでに立ち寄ることができたのだ。
ここまで書けば寺院名もわかってしまいそうなものだが、ともあれ、その節はご縁をありがとうございました。


…と書いてきた内容、実は当初は記事にするつもりはなかった。

私は仏像を見るために寺院を訪問する旅は数多したけれど、美術館が目的で旅に出たことはさほどない。旅先でのエピソードとして強烈に思い出すのは上記の消防訓練のことだが、冒頭に書いた「仏像収蔵庫 ≒ 美術館」というのも少しこじつけのようで、やっぱり今月のお題記事はパスかな、と思っていた。

そう、つい先日、大分県立美術館(OPAM)に行くまでは。


OPAMを訪ねた目的は、「イメージの力 河北秀也のiichiko design」展を見るため。
河北さんは、三和酒類株式会社が販売するロングセラーの麦焼酎「いいちこ」のプロモーションすべてを手がけてきたアートディレクター。この展覧会では、彼が作り上げたイメージの全貌とデザイン思考が紹介されるという。

「いいちこ」製造元の三和酒類は、大分県宇佐市に本社を置く企業。最初は(現)宇佐市にある3軒の造り酒屋が集まってできたので(のちにもう1軒加わる)、 “三和” 酒類と名づけられた。
実は、私はそのなかの1軒の親戚筋に当たる(私自身は下戸だが)。だから、子供のころに親戚が集まった場で、「いいちこ」のキャッチフレーズである “下町のナポレオン“ という言葉が飛びかっていたのを記憶している。
そんな懐かしさもあって、展覧会のチラシを見たときに、帰省気分で大分に行きたいなと思ったのだ。
(なお、「いいちこ」の “ちこ” は強調を表す大分弁の接尾語で、「いいちこ」とは「いいですよ」の意味)

OPAMが開館したのは2015年。私が進学で大分県を離れてずっとずっと後のことで、実家から1時間以上かかる場所でもあり、OPAMを訪ねるのは私にとって今回が初めて。
福岡市から大分市まで、特急電車で2時間強。うららかな春の日差しのなか、気持ちのよい小旅行だった。
大分駅からOPAMまでは、徒歩で約15分。地下道や商店街、空中回廊を利用すれば、雨が降っても駅から傘なしで到着できるという便利の良さ。

展覧会入口に掲示された河北さんのことばによると、彼の義理のお兄さんが、かつて三和酒類に勤務されていたとのこと。何だか親近感を覚える。
河北さんが学生時代にデザインした「いちごみるく」は、私が遠足にかならず持参していたお菓子だ。

1972年の東京地下鉄路線図は、営団地下鉄(現:東京メトロ)が最初に採用したもの。九州出身の彼が東京に出て、地下鉄の乗り換えに苦労したニーズから作られたという(私も東京に行ったときは、路線図に大変お世話になっています!)。

そして、1983年からは「いいちこ」に関するすべてを企画デザイン。展示室には、私が福岡市地下鉄の駅構内で見たことのあるポスターも展示されていた。
ほか、一目見て「このポスターの写真をうまく印刷して部屋に飾っておきたい」と、グッとくるものも。いくつか撮影させてもらった。

そんな中、1枚のポスターに目が釘付けになる。ポスターの正面に立って、もう一度コピーを読む。
そして確信した。「これなら、京都のお寺で水しぶきを浴びたエピソードをお題記事にしても許される」と。
私にそう思わせたポスターがこちら。(↓)

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