かえる小説文学賞_ねむむ

=====以下本文=====
「幸せ義務国家」

はじめに
 「幸せ」しか許されない世界。
 「幸せ」とは欺瞞である。「幸せ」なんて存在しない。もし、「幸せ」を感じるのならそれはあなたが「幸せ」を演じているだけだ。
 ここは世界で最も幸福度の高い国。
 国民は幸福に生きれば生きるほど裕福な暮らしを手に入れることが出来る。ここでは「幸福」こそが正義。幸福のために繰り返される死は正しい。
 幸福度増進計画
➀「幸せ」とは欺瞞である。
②「幸せ」なんて存在しない。
③もし「幸せ」を感じることがあるのなら、それはあなたが「幸せ」を演じているだけだ。
④「幸せ」に生きることをここに命じる。
 
 ランニングしている野球部の声が近い。夏の甲子園出場を決めあその声はいつもより活気に満ち溢れている気がした。生暖かい風とともに教室のカーテンが膨らんではしぼみ、陽炎のようにゆらめている。見ているだけでこっちがやられてしまいそうだ。
「遅いなぁ」
 私は本を読みながら長い間待っているが、さすがにこの暑さでは気が滅入っしまう。夏本番のこのタイミングで壊れた使えないクーラーを睨みつけては、内容の入ってこないまま無意識にページを捲る私の白い頸には汗が滲んでいる。遠のいていく意識のなかおびただしい小さな足音が段々と近づいてきた。
「ごめん、お待たせ……。いや、てか、アッツ!」
 委員会の打ち合わせから返ってきた春奈は教室に入るや否や、さっきまで自分がいた場所との温度の違いに驚きを隠せないでいる。
「この教室クーラー壊れるの⁉ なんでこんなところで待ってたのよ、もっと涼しいところにいればよかったのに」
 そう言われてしまえばその通りだが、移動するのは億劫だった。
「早く帰ろう」
 待っていたのは私の方なのに、春奈にはそういうところがある。私たちは泥まみれの野球部を横目に帰宅した。
「あー、明日の期末嫌だなぁ。これじゃ内申点足りないかも。M大学の推薦欲しいんだけどなぁ。幸福度も下がっちゃうよ」
 幸福度、この国では「幸せ」が絶対とされ「幸せ」の名のもとではすべてが許される。世界で最も幸せな国という大義名分を手に入れるために国が始めた幸福度増進計画、私たちは日々「幸せ」を演じ、「幸せ」に生きることを義務付けられている。近隣の国のニュースを見るとネットで「だるい」「死にたい」など鬱蒼とした言葉が並べられているのを目にするがこの国ではそれは禁じられている。そのような発言をしたものは皆死刑だ。
「春奈、そんなこと大きな声で言ったら危ないよ。どこで聞かれているか分からないだから。あー! テスト楽しみだなぁ!」
 私は白々しく大きな声で「楽しみ」を強調した。この国では暗い言葉を使うことも禁止されている。だが「幸せ」に生きることが義務付けられいるこの世界はなんて虚しいのか。私は今までどれほど不幸を願ったか分からない。国の偉い人は「幸せ」に対し異常なほどの価値を置いている。だが、私はきっと、「幸せ」であるはずなのに、生きている実感がしない。
「幸せ」とは生きたまま死んでいることを言うのだろうか。

 これは「幸せ」に絶望した少女が自らの「幸せ」を見つけるために「絶望」を探す物語。

「私は幸せなんていらない」
 自由に生きることで、「幸せ」ではなくなるのだとしても構わない。
「行きながら死んでいるのと同じ、幸せになんて行きたくない」
 「幸せ」なんていらないから、自分の気持ちに正直に生きたいよ。涙で目が膨らんでくる。瞬くとそれは今にも溢れそうだ
。いつも笑って「幸せ」に生きることの残酷さよ

だから私は「幸せ」のために人を殺しました。

作者あとがき
 今から話すことは本当にあったもっちりとした話です。じめじめとした日が続くなか私は足の裏に違和感を覚えました。そこにあるはずのない何かの気配を足の裏から感じます。こんなことは初めてなので、恐る恐る足の裏を覗いてみると、なんとそこにはご飯粒がついていました。もっちもっち。
=====以下講評=====
 ディストピアを題材にした青春ストーリーということでやや暗く、応募作のなかでもひときわ異彩を放つ作品でした。テーマ自体は非常に良く出来ていて、不合理な体制とそれに抗う学生という図式は胸が熱くなりますが、本文前半でその設定が活かせなかったのが惜しかったと思います。また唯一あとがきのある作品でもあり、あとがきと本文の温度差がシュールを生んでいました。個人的にはあとがきの明るい調子の日常ものも読んでみたいところです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?