かえる小説文学賞_くせっけ

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 遠くの街でのんびり過ごそう 25時に思い立って私は車のエンジンをか けた。 とにかく自分だけの時間が欲しい、折角の 休日にまで知り合いに会って要らぬ気を遣う など面倒くさいことを感じたくないと思った。
 友達はいないが知り合いの多い私は常に誰か に気を遣って生活していて、そろそろ気が狂 いそうな予感がしていた。 車内には昼間の熱がずっと残っていてエア コンの生温い風が頬を撫でた。 夜に聴きたいプレイリストにはフィッシュ マンズの『いかれたBaby 』が入っている。そ うして鼻歌混じりに車を進めた。 のどが渇いたからコンビニに寄ろう。 眠気覚ましにとアイスコーヒーとエナジードリンク をさっさと選んでレジの前へ。店員は 納品されたばかりの菓子パンを品出ししてい てこちらに気がつく様子がない。
「あの、すみません… すみませーん!」
「… しゃいませ。」
 深夜のバイトのおにいちゃんの対応なんて こんなもんか… と自分に言い聞かせながら会 計をしてもらった。
「あ、そのままで、あ、はい、大丈夫です。」
 断りもないまま袋詰めされたので間に合わな かったがゴミ袋に使えるしまあいいか。 少しモヤっとした気持ちでコンビニをあとに した私はついさっき聴き尽くしたばかりのプ レイリストをもう1度あたまから聴く気にな んてなれなかった。 FM に切り替えると深夜ラジオのこの上なく くだらない低俗なやりとりが車内にどっと流 れ込んできた。流行りのイケメン俳優がドラ マの中のキャラクターではなく自分として喋 っているのが新鮮だった。 くだらない平和だ。 さきほどのモヤが少しだけ和らいだ。 番組宛に届くお便りをイケメンが軽快に読み 上げ時間が過ぎていく。気がつくと声を出し て笑っていた。この時間のラジオなんて久し ぶりだな。ゴールデンタイムのバラエティよ りもはるかに贅沢なエンターテイメントじゃ ないか。こんな時間でもリアルタイムで届く お便りは日常では忘れそうになる温かさとユ ーモアに溢れ、そしてたまにピリリと洒落が 効いていた。パーソナリティとリスナーのお 便りを通じての息の合ったやりとりが心地よ かった。
 私にとってここがとても居心地の良い場所 であったことを思い出した。中学、高校と学 校で 昨晩のラジオの話をするクラスメイトは いなかった。みんな新しいドラマだとか、音 楽番組だとかそんな話ばかりで話についてい けなかった。 「不思議」「天然キャラ」「変わり者」 周りの話題についていけないというだけで これだけのレッテルをペタペタと貼り付けら れてうんざりしていたことも思い出した。 休み休み車を走らせながら気がつくと朝の 7時半。目的地の遠くの街に着いた。 近くの道の駅に車を停めてまた少しだけ休ん だ。朝ごはんをどうしようか。スマートフォ ンで「近くの喫茶店モーニング」と検索欄 に打ち込み良い感じの店を探す。 さっき調べた喫茶店の扉を開けるといかに もという出立ちをした髭に丸メガネのマスタ ーが優しい顔で迎えてくれた。ラジオから 流れる甲子園中継。軽快なブラスバンドの演奏と 少し音の割れた解説を聞きながら 「もうすぐ夏も終わりですね」なんて話をした。
======以下講評=====
 何気のない日常のワンシーンを切り取った物語。くせっけらしいなんだかゆるく、だるーい感じの世界観が深夜のコンビニ、そしてドライブというワードから感じさせる個性的な作品でした。登場人物は主人公とコンビニ店員だけというのもスケールが小さくまとまっていて、ところどころ過去を振り返り、斜にかまえているところもなんとなくこじらせた大人という感じがしてエモいです。
 惜しむらくは日常シーンのなかで大きなイベントがなかったということです。例えばレッテル張りをしてきた過去の同級生とばったり深夜のコンビニで再開するだけでも主人公は動揺したことでしょう。主人公の心を揺るがす出来事があれば読者の心も揺らいだかもしれません。そういう意味では本作は平たんな物語になってしまいました。

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