エロゲーバブルはいつだったのか?

※2016年の時点では自分の推論や分析に妥当性があると考えていましたが、2020年5月に消費者白書などを調べた結果、妥当性が弱いこと、つまり、推論や分析に誤りがあることが判明しました

現時点で最新の推論は、こちらです。「商業エロゲーが黄金期を終え、一時的に衰退した理由についての推論」。

以下の文章については、2016年当時の誤った推論としてお読みください。

なぜ美少女ゲームは売れなくなったのか、すなわち、美少女ゲーム全体のセールスが激減したのかを考えていく中で、漠然と、

2004年までがエロゲーバブルで、2005年辺りからバブルが崩壊していった。

あるいは、

2007年までがエロゲーバブルで、2008年から崩壊していった。

のように考えていたのだけれど、先日、違うのではないか、ということを思いはじめた。

ぼくが美少女ゲーム業界に入った1995年当時、普通にエロゲー1タイトルを出せば5000~6000本の発注は来ていた。初期ロットだけで見るのなら、むしろ、この時期の方が、2004年代よりバブルと言えたのかもしれない……という気になったのである。

95年当時、Windows95は発売されていたが、まだ顧客の多くのパソコン環境はDOSだった。そのため、ほとんどがPC-98版のDOSで出されていた。多くのソフトは、フロッピーディスクで発売されていた。Windows95版がチラつきはじめるのは96年である。

それでも、Windows95が浸透してWindows95版の美少女ゲームも発売されるようになると、今までパソコンに触れたことがない人が大量に新規ユーザーとして美少女ゲームを手に取るようになって、結構潤ったという話を聞いている。多くのパソコンにCD-ROMが装備されるようになったのは、この頃である。この頃はエロゲーバブルというより、Windowsバブルだったと言えるのかもしれない。

陰りが見えたのは、1997年の10月付近――ちょうど山一證券がやばくなってきた頃である。さらに97年11月、山一證券は自主廃業を宣言。山一ショックとともにWindowsバブルは終わった。

そしてその終焉を裏付けるように、ぼくが当時所属していたソフトハウスでの初期ロットも、急激に低下した。Windowsバブルは終了したのである。

だが、Windowsバブルは、美少女ゲームの年間タイトル数の爆発的増加をもらたしていた。

95年頃は、まだ年間100タイトルぐらいだったと思う。以前、ぼくが数えた時だと95タイトルだった。

97年には、倍の200タイトルに増えた。Windowsバブルを見て遅れて参入してきた組、『ToHeart』に触発されて入ってきたソフトハウスなどもあって、一気に増加したのだろう。

99年頃には、すでに500タイトルに到達していたと思う。

2001年には、600タイトルに達していたはずだ。なぜ、こんなふうに増えてしまったのか。

美少女ゲーム業界は、決して参入障壁の低い業界ではなかった。95年までの美少女ゲームはDOSで動いていた。それが高い参入障壁の1つとなっていたのだ。DOSのプログラムを組めることは、当時では理系エリート的なことだったのである(93~95年にぼくが所属していたコニカでも、DOSプログラムを組める人は、やはり理系エリート的な存在になっていた)。

また、DOS版での美少女ゲームの塗りは専門性の高い非常に独特なものであり、個人での習得が難しいとされていた。これも1つの参入障壁を高くする原因になっていたのである。

だが、Windows95とphotoshopとによって、参入障壁が下がった。さらに97年には『To Heart』が発売され、『To Heart』みたいなゲームをつくりたい、という人たちが一気に増加した。

・Windows95
・photoshop
・『To Heart』の影響

97年までは上記2つが、98年から3つが、タイトル数増加の大きな原因となったのである(※大きな原因ということは、小さな原因は他にもあるということだ)。

年間のタイトル数は増加したが、1タイトル辺りの平均本数が上がったわけではなかった。初期ロットも決して上がったわけではなかったが、2000年代前半の美少女ゲーム業界には勢いがあった。美少女ゲームは、秋葉系エンターテインメントの流行の発信源の1つとして機能していた。萌えの多くは、美少女ゲームが生み出す形になっていた。

2004年までは、恐らく美少女ゲームは、萌えバブルに湧いていたのだと思う。萌えバブルが始まったのは、99年ではないかとぼくは思っている。だが、2004年にラノベバブルが始まり、萌えバブルは美少女ゲーム業界では収束していった。

今までの議論を整理してみる。

・95年までは、初期ロットが比較的高かった
・96年から97年半ばまで、Windowsバブルが発生していた
・99年から2004年まで、萌えバブルが発生していた

こう見ると、果たしてエロゲーバブルはいつだったのだろうか? という気持ちになってくる。

DOSの頃がそうだったのか。
それとも、Windowsバブルがそうだったのか。
萌えバブルがそうだったのか。

むしろ、美少女ゲームには、バブル期と言える時期が3つあったと言うべきなのだろうか。

というわけで。

実は4月1日にぼくの新刊が出ることになっている。
やっぱりかよ! やっぱりだよ!

高1ですが、異世界で城主はじめました8』である。

あと、

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最後に。

最近の代表作『巨乳ファンタジー』シリーズも、是非覗いてみてください。『高1ですが、異世界で城主はじめました』同様、中世ファンタジー世界での成り上がりサクセスものです。

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