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クリストフォリのクラヴィコード(152)

バルトロメオ・クリストフォリは、別にピアノばかりを作っていたわけではありません。だいぶ胡散臭いものも含めて45点の様々な楽器が彼の作品として知られており、それにはクラヴィコードも含まれています。

クリストフォリの楽器には奇天烈なものが多いですが(無論アルピチェンバロ=ピアノがその最たるものです)彼のクラヴィコードも期待を裏切らず見るからに尋常な代物ではありません。

https://mimo-international.com/MIMO/doc/IFD/OAI_ULEI_M0005289

この楽器は実のところ無銘で、これがクリストフォリの1719年の作品とされるのは文献史料による曖昧な情報に基づくものに過ぎないのですが、こんな妙なものを作る人が他に居るとも思えないので、まずクリストフォリの発明品に間違いないでしょう。

また、同じくクリストフォリの開発した大型スピネットの “Spinettone” とフォルムがよく似ていることも注目されます。

https://mimo-international.com/MIMO/doc/IFD/OAI_ULEI_M0000086

このクリストフォリのクラヴィコードの音域は FF, GG, AA-c3 と広く、低音の弦長は長大で、それに応じて響板も巨大です。そして最大の特徴は、通常のクラヴィコードとは逆に低音側の弦が奥に配置されていることです

さらにこれまたあべこべに、低音域は2音づつ弦を共有するダブルフレット式で、中音域から高音域は専用弦となっています。実際、低音域では隣接音を同時に使用するようなことはあまり要求されないので、こちらをフレット式にするのは理に適っています。

しかしながら15世紀のウルビーノの壁画の楽器以来、クラヴィコードはたとえフレット式でも最低音域では弦を共有せず、各キーに専用弦をあてがうのが普通です。というのも低音域で弦を共有するには打弦点の間隔を大きく取る必要があるからです。

そこでクリストフォリは低音側の弦を奥に配置しつつ、低音域のキーレバーに一つおきに弦と平行する延長レバーを接続して打弦間隔を確保しました。天才ですね。

ブリッジは低音域で分割型、高音域で連続型となっています。これは低音の共有弦ごとにブリッジを独立させているのかと思えば、さにあらず。またフレッティングから音律を読み取ろうという試みもうまくいかないようです。

Stewart Pollens, Bartolomeo Cristofori and the Invention of the Piano, 2017.

Thomas Vincent Glück による復元楽器を使用した Johannes Maria Bogner の演奏録音はドスの利いた低音が迫力満点です。内向的なドイツのクラヴィコードとは大いに趣が異なり、ある意味16世紀イタリアのクラヴィコードの正統な末裔と言えるでしょう。

このように奇抜に見えながら、その実大変合理的にまとめ上げられたクリストフォリのクラヴィコードはまさしく天才の傑作ですが、残念ながら全く普及はしなかったようです。まあ、作者としてもピアノの方に力を入れていたでしょうから、むしろ何で作ったのかという感じですが。素晴らしい才能の無駄遣いと言うべきでしょうか。

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