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贋作商レオポルド・フランチョリーニ:イタリアのチェンバロについて5(170)

"Bartholomeo Christofari Patavinus fecit Florentiae 1703"
Germanisches Nationalmuseum, Nuremberg.
https://objektkatalog.gnm.de/objekt/MINe88

このニュルンベルクのゲルマン国立博物館所蔵のバルトロメオ・クリストフォリ作とされる三段鍵盤のチェンバロは、下鍵盤 8'+8'、中鍵盤 8'+4'、上鍵盤 4' というレジスター構成で、FF-f3 の5オクターヴの音域を有する豪勢な楽器ですが、しかしこれはイギリス製のピアノをベースに19世紀に作成された真っ赤な偽物です。

https://www.bildindex.de/document/obj20080516

ミュンヘンのドイツ博物館にも、同じくクリストフォリの署名を持つ三段鍵盤のチェンバロがありますが、こちらはジローラモ・ゼンティが1658年に製作した一段鍵盤のチェンバロをベースにした贋作です。元の楽器は 16'×2 という珍品だったようです。

"BARTOLOMEO CRISTOFARI FECIT FIRENZE A D MDCCII"
Deutsches Museum, Munich.
https://boalch.org/Instruments/InstrumentProfile/2071

ミシガン大学のスターンズ楽器コレクションにもクリストフォリ作とされる三段鍵盤のチェンバロがあり、もちろんこれも贋作ですが、素材に使われた複数の楽器の中にはクリストフォリ工房由来のものもあるといいます。

Bartolomeo Cristofori, Three Manual Harpsichord
Stearns Collection of Musical Instruments, University of Michigan.
https://smtd.umich.edu/research-collections/stearns-collection-of-musical-instruments/search-the-stearns-collection/collection-item/?id=1410

エディンバラ大学レイモンド・ラッセル・コレクションの三段鍵盤チェンバロはクリストフォリ作を称してはいませんが、やはり贋作。

"STEFANUS.BOLCIONIUS.PRATENSIS F. A.D. M.D.C.XXVII.F" とある署名は本物で、フィレンツェのステファノ・ボルチョーニが1627年に製作した一段鍵盤のチェンバロを改造したものです。

Stefano Bolcioni 1627
Raymond Russell Collection, University of Edinburgh.
https://collections.ed.ac.uk/stcecilias/record/96069

この個体は改造後に長く売れ残ったらしく、装飾とスタンドを改めて再度売りに出されていたことが判明しています。

Bolcioni 1627, state around 1908
http://www.claviantica.com/Publications_files/Bolcioni_original_state_files/Introduction.htm

サウス・ダコタ大学の国立音楽博物館所蔵の三段鍵盤チェンバロも、例によって贋作で、元はフィレンツェのヴィンチェンツィオ・ソディが1789年に製作したピアノだったものです。

ソディは18世紀末期に活動したチェンバロ及びピアノ製作者で、クリストフォリの弟子の一人とも言われています。もっとも、彼のピアノはウィーン風で、これもハンマーアクションは失われていますが、やはりウィーン風のアクションが搭載されていたものと思われます。

ソディは伝統的なチェンバロ職人としては最後の世代に当たり、革のプレクトラムを使用した「チェンバロ・アンジェリコ」の作例があったりしますが、そのあたりはまたいずれ。

Vincenzio Sodi 1789
National Music Museum, University of South Dakota.
https://emuseum.nmmusd.org/objects/16192

実のところ、現存する歴史的楽器で真正な三段鍵盤のチェンバロは一つしか確認されていないのですが、それを遥かに上回る数の贋作が存在しているわけです。

このハンブルクのヒエロニムス・アルブレヒト・ハスが1740年に製作した三段鍵盤チェンバロは本物です。

Hieronymus Albrecht Hass 1740
https://www.gazette-drouot.com/en/lots/3773664-clavecin

上述の贋作楽器は、すべて悪名高いフィレンツェの古物商、レオポルド・フランチョリーニ(1844-1920)の仕業によるものです。

Franciolini’s catalogue 1895

フランチョリーニの生涯については不明な部分が多いのですが、国勢調査によれば1844年3月1日に生まれ、1879年に結婚し、6人の子供がいました。職業はオルガニスト兼古物商となっています。彼の商会のカタログには1879年創業と書かれていますが、フィレンツェ市の行政文書が1966年のアルノ川の大洪水で失われてしまったので、それすら確かめることもできません。

フランチョリーニは歴史的楽器を改変したり、あるいは丸々捏造したりしたものを大量に売りさばき、それらが後の古楽器の研究に多大な混乱をもたらしました。彼の改造は粗雑なもので、現在ではまっとうな専門家ならまず騙されませんが、当時は古楽器についての参考文献も殆ど無い状況であり、19世紀から20世紀初頭にかけてはイタリア美術品の収集が盛んであったこともあって、彼の「作品」が世界中の博物館のコレクションに入り込むことになったのです。

そもそも彼にとって良い顧客である、楽器について無知な素人の金持ちが、ただインテリアとして見栄えのする骨董品を求めていたのなら、彼はニーズに合った商品を提供しただけとも言えます。

チェンバロの鍵盤を増やして二段鍵盤や三段鍵盤にするのはフランチョリーニの常套手法でした。なのでイタリアの二段鍵盤のチェンバロなどというものがあったら、まず彼の関与が疑われます。

ただし下の楽器は、署名は偽造されたものであるものの、楽器自体は1680年頃に製作された本物の二段鍵盤のチェンバロであるようです。下鍵盤が 2×8′ で、上鍵盤は 4' のみとなっており、しかもカプラーなどで上下を連結することはできません。

"Domenico da Pesaro Facebit Anno Domini 1590"
Germanisches Nationalmuseum, Nuremberg.
https://objektkatalog.gnm.de/objekt/MIR1078

もちろんフランチョリーニが扱っていたのは鍵盤楽器に限りません。

ミシガン大学のスターンズ楽器コレクションは、アメリカの実業家のフレデリック・スターンズが収集した楽器を基礎としていますが、彼は良いカモであったらしく、大量のフランチョリーニ由来の贋作が含まれています。ただWebサイトの画像が小さいのが残念。

https://smtd.umich.edu/research-collections/stearns-collection-of-musical-instruments/search-the-stearns-collection/collection-item/?id=954
https://smtd.umich.edu/research-collections/stearns-collection-of-musical-instruments/search-the-stearns-collection/collection-item/?id=1359
https://smtd.umich.edu/research-collections/stearns-collection-of-musical-instruments/search-the-stearns-collection/collection-item/?id=1096
https://smtd.umich.edu/research-collections/stearns-collection-of-musical-instruments/search-the-stearns-collection/collection-item/?id=1154
https://smtd.umich.edu/research-collections/stearns-collection-of-musical-instruments/search-the-stearns-collection/collection-item/?id=1180

フランチョリーニも贋作ばかりを扱っていたわけでもないのが逆に困り物で、彼が関与したものを全てを偽物と決めつけるわけにもいかないのです。

クリストフォリ作とされるクラヴィコードも実はフランチョリーニを経由したものである可能性が高いのですが、クリストフォリの署名がないことでむしろ真作であろうと考えられています。フランチョリーニなら絶対署名を偽造しただろうと。

https://mimo-international.com/MIMO/doc/IFD/OAI_ULEI_M0005289

しかし一般的に言えば、来歴にフランチョリーニの名が見えるような楽器は信用できません。贋作暴きを趣味にしている奇特な専門家もいるようですが、普通は敬遠され、このサザビーズに出品されたフランチョリーニ由来のヴァージナルの評価額も格安の1,000 - 2,000 EURとなっています。

Virginal italien de la fin du XIXe/début du XXe siècle, par Leopoldo Franciolini
https://www.sothebys.com/en/auctions/ecatalogue/2012/collection-musicale-andr-meyer/lot.366.html

1909年にフランチョリーニはついに詐欺罪で逮捕されました。1910年に裁判が行われ、懲役4ヶ月の判決が言い渡されましたが、結局罰金1000リラに減刑されました。無論この程度では彼に商売を辞めさせるには至らず、彼は残りの生涯も贋作作りに励んだようです。

Bibliography

Catalogue of the Stearns collection of musical instruments, 1918 & 1921.
https://archive.org/details/catalogueofstear00michuoft

https://archive.org/details/catalogueofstear00steaiala

Ripin, Edwin M. “A Suspicious Spinet.” The Metropolitan Museum of Art Bulletin, vol. 30, no. 4, 1972, pp. 196–202.
https://www.metmuseum.org/art/metpublications/The_Metropolitan_Museum_of_Art_Bulletin_v_30_no_4_February_March_1972

Russell, Raymond. "SOME KEYBOARD INSTRUMENTS OFFERED FOR SALE BY LEOPOLDO FRANCIOLINI OF FLORENCE." The harpsichord and clavichord; an introductory study. 1973. pp. 143-145.

Ripin, Edwin M. The instrument catalogs of Leopoldo Franciolini. 1974.

Wraight, Denzil. "A Zenti harpsichord rediscovered." Early Music 191 (1991) 99-102.

O'Brien, Grant. "Towards establishing the original state of the three-manual harpsichord by Stefano Bolcioni, Florence, 1627, in the Russell Collection of Early Keyboard Instruments, Edinburgh." The Galpin Society Journal, 53 (2000) 168-200.
http://www.claviantica.com/Publications_files/Bolcioni_original_state.htm

Ripin, Edwin M. “Franciolini, Leopoldo.” The New Grove Dictionary of Music and Musicians. 2nd ed. Ed. by Stanley Sadie. 2001.

Miner, Gregg. Harp Guitars in the Stearns Collection.
 https://www.harpguitars.net/2016/07/16/harp-guitars-in-the-stearns-collection/

Pollens, Stewart. Bartolomeo Cristofori and the Invention of the Piano. 2017.

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